四の森学園物語


ひのきとくーちゃん



 とある日曜日。
 からっと晴れた空にわずかにそよぐ風。
 天気がいいので部室のテラスに座り込んで本をひらいていると、
「ひのき」
 と声をかけられた。
 顔をあげると、ふたごよりもちいさい制服姿の女の子。
 肩のあたりで切り揃えたさらさら黒髪と漆黒の瞳がすごく綺麗。
 くーちゃんだった。
「くーちゃん。ひさしぶり」
「うん」
 くーちゃんは、あいかわらずの無表情でこくんとうなづくと、僕の横に腰をおろす。
 そして子猫のように僕によりそってちまっとおさまると、黙って空を見上げる。
 そんなくーちゃんには慣れているので、僕も黙って空を眺める。
 ほんとにいい天気。
 雲ひとつなくて、ただただ青いだけの空なのに、深く澄んでいて、なんだか全然見飽きない。
「ひのき。本を読んでいたのか?」
 空から目をもどしたくーちゃんが僕のかたわらの本に気がついて、訊いてくる。
「そうだよ。天気がいいからひなたぼっこしながらね」
「くー、邪魔か?」
 くーちゃんが、あまり表情は変わらないけど、少し心配そうに眉をひそめる。
「そんなことないよ。本、読み終わって、空見てただけだから」
 これはほんとのこと。
「そうか」
 くーちゃんのくちもとがやわらぐ。
「空、気持ちいいな」
「うん。青くて綺麗だよね」
 こくん、とうなづくくーちゃん。
 ふたりで、また空を見あげる。
 と、くーちゃん、ふいにポケットをごそごそとまさぐりだし、そしてなにかをみつけると、僕の顔を見あげ、言う。
「くー、青くて綺麗なの、持ってるぞ」
「ん?」
 なんのことだろう、と首をかしげていると、くーちゃんはちょっと得意げに笑ってちいさなガラスの小瓶をポケットからとりだし、太陽に透かす。
 陽光を浴びて、小瓶はきらきらと輝いて、まるで光のかたまりのよう。
 そしてその光の小瓶のなかには、いくつもの空の青。
 青くてまるいガラスだまのようなキャンディ。
 くーちゃんが小瓶をかたむけると、からころからころ、音をたてる。
 思わず、うわぁ、と声を出して子供みたいに感動してしまう。
「うわぁ。綺麗だね!」
「うん。綺麗なのだ」
 くーちゃんは、顔の変化こそわずかだけど、とてもうれしそうに笑う。
 小瓶をくーちゃんから受け取って、きらきらからころガラスの小瓶と空の青のキャンディを光に透かして見る。
 ほんと、すっごく綺麗。
 空の青。キャンディの青。水の青。風の青。
 単純で、素朴で、懐かしいような気もして、なんだか染み入るようにうれしくなってくるような。
「ひのき。気に入ったのか?」
「すっごく」
「そうか……あのな、でも、こっちも綺麗なのだ」
 僕がいつまでも青の小瓶に見入っていると、くーちゃんがもうひとつ、小瓶を取り出す。
 こちらの小瓶のなかには、淡いさくら色のキャンディ。
「さくら色。ほんとだ、こっちも綺麗だね!」
「うん。そうなのだ」
 くーちゃんはますます得意げだ。
 ふたつめの小瓶を陽光に透かしてかたむけると、淡く色づいたさくら色も、きらきらからころ。
 空色もさわやかで綺麗だけど、こっちはなんだか心をほっとあたたかくする色。
 しあわせな気持ちがひろがってくるような。
「ひのきはどっちが好きなんだ?」
 今度はさくら色の小瓶に見入っていると、くーちゃんは僕の顔を覗きこむように訊いてくる。
 うーん。空色とさくら色……。
 小瓶を代わる代わる太陽に透かせてみる。
「どっちも好きかなぁ」
 空色は空色で清涼剤みたいにさわやかな気持ちになるし、さくら色は心おだやかな気持ちになれるしで、甲乙つけがたい。
 でもそう答えると、くーちゃんは不満そうにくちをとがらせ、
「うー。それじゃ困るのだ」
「どっちか片方しか食べちゃダメなの?」
 キャンディをくれるつもりなのかな、と思って訊きかえす。
 しかし、
「そうじゃない。でも困るのだ」
 じれったそうに首をふるくーちゃん。
 うーん。そんなこと言われてもなぁ。
「わかった。それなら、ひのきはどっちが好きなのか、くーが決めてやるのだ」
 僕が悩んでいると、くーちゃん、さっと僕の手からふたつの小瓶をとりあげて、僕に見えないように自分の背中にまわしてしまう。
 そして、
「右手と左手、どっちがいい?」
 と少し緊張した顔(でもその顔がなんかかわいい)をして訊いてくる。
 くーちゃんのそんな顔を見ていたら、あ、そうか、って気がついたことがあった。
 でも、もう、背中にまわされちゃったしなぁ……。
 僕は、うーん、と空を見あげて考え、でも考えてわかるものでもないので、
「右」
 と勘で答える。
「み、右だな?」
「う、うん」
 なんだかふたりで緊張。
「こ、こっちなのだ」
 くーちゃんが、おずおずと背中にまわしていた手をひきもどす。
 手に持っているのは……。
「あ、さくら色」
 瞬間、くーちゃんのくちもとに、ちいさいけどうれしそうな笑みが浮かぶ。
 僕もさくら色のキャンディで、それからくーちゃんが笑ってくれて、うれしい。
「よし。ひのきはさくら色が好きなことに決定なのだ」
「わかった」
「うん!」
 くーちゃんはご機嫌そうにうなづくと、さくら色の小瓶のふたをあけ、ころころん、とキャンディを僕の手に転がす。
「ありがと、くーちゃん」
「うん。あとで空色のキャンディもあげるぞ」
 くーちゃんも自分のてのひらにころころんとさくら色のキャンディを転がしながら言う。
「うん、もらうね」
 そして、ふたりで、くちのなかにキャンディをころん。
 ほんのり甘酸っぱい味と香がくちのなかにひろがる。
「おいしいねー」
「うん。おいしいのだ」
 くーちゃんがまたちょこんとよりそってきて、そのままのかっこうで、僕たちはキャンディをくちのなかで転がしながら空を見あげる。
 青い空と甘酸っぱいキャンディとくーちゃんと過ごす休日。
 なにがあるわけでもないけど、でもなんだかぽっかりとしあわせな日曜日なのだった。


(ひのきとくーちゃん おわり)


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