四の森学園物語


(7) スノウ・デイ



 自慢ではないけど、寝起きは悪い。朝っぱらから大声で名前呼ばれ(ほかの舎生に迷惑だってば)、そのうえ窓をあけたとたんに雪玉ぶつけられれば、それはもう頭のてっぺんから湯気が出てそのまま窓枠外してばきばき割ってしまいたいくらいなものだけど、ぎろっとにらみつけた眼下、眼下といわず目の前の冬枯れの桜の木立にいたるまで一面、あまりにも見事に銀世界していたので、思わず見惚れてしまった。
「ひーちゃん。いつまで寝てんのー!」
「雪だよ、雪ー!」
 見ればわかる。
 お見事としかいいようのない雪景色だ。
 でも寒い。ということで黙って窓閉めてまだぬくもり消えずのベッドにもぐりこむけど(ふたごはよろこびにわかけまわりひのきはふとんでまるくなる……)、雪玉がばしばし窓にぶつかって、起きろー、起きろーの合唱が聞こえてくるので、あきらめて服を着替えて一階に下りた。大介にも声をかけたけど、こちらはあきれるくらい寝起きがいい。
 朝食の時間がまだなので(なんていう時間に起こすんだ……)、しかたなく玄関先に行ってみると(寒っ)、ふたごがしっぽをふりそうな勢いで待っていて、雪だるまーっ! と叫ぶ。
 指さすさきを見ると、たしかに雪だるま。
 ふたごサイズのだるまさんが二体。
 はいはい雪だるまね。よかったね。
「ひーちゃんと大ちゃんも作る?」
「ねー、作る?」
「「一緒に、作る?」」
 小梅と小雪が、僕と大介のまわりを雪まきちらしながら、ぴょんぴょんはねまわる。朝から元気だ。
 ただでさえちっこくて落ち着きがないのに、雪積もって興奮して、完全に幼児化してる。


 ふたごがひっぱるので、サンダルからころひきずって車寄せに出てみる。
 櫻荘前を見渡してみると……けっこうな数の舎生が雪だま投げたり転がしたりしていた……。
 日曜日だっていうのに、朝から元気者はふたごだけじゃなかったみたいだ。
 と、そこで気がついた。
「鈴子さんと柊はいないんだ?」
 部屋、近くだし、ふたごにまっさきにつかまったものだと思ってたけど。
 僕の問いに、小梅と小雪はそろって玄関の奥を指さす。
「鈴ちんと毬ちんは、いま自由室でストーブに当たってるよ」
「この雪だるま、手伝ってもらったんだよ」
 どうやらすでに一仕事(強制労働?)終えたところらしかった。
 ということで僕と大介もぬくい自由室で朝食までの時間をつぶそうと玄関にもどろうとするのだけど、
「あーっ! なに帰ろうとしてるの!」
「朝ごはんまで遊ぼうよー!」
 と、僕たちの行く手をふたごがふさぐ。
 それで、だって寒いんだよ、動いていればあたたかくなるよ、なんて言いあいして、フェイントかけてガードされたりしていると、玄関のほうで、朝から元気ねー、なんてあきれたような声。
 ゆりさんだった。
 ゆりさん――門倉ゆり先輩は、僕たちの住んでいる櫻荘の舎長。そのうえ四の森学園の現生徒会長だったりもするひと。でもそんな肩書きなんてぜんぜん関係なく、やさしくてめんどうみがよくて、僕たちは公私ともにすっごくお世話になっているひと。男からだとあこがれの上級生、女の子からだと素敵なお姉さんなのかな。あの柊が尊敬している≠ニ公言してはばからないひとでもある。
「「ゆりさん、おっはよー!」」
「おはよー、ゆりさん」
「おはようございます」
 僕たちは、それぞれ挨拶。
 ゆりさんは、サンダルつっかけてこちらへ歩きながら、
「おはよう、みんな」
 とにっこり笑い返す。
 ゆりさんは僕のとなりに立ってあらためて櫻荘前を見渡すと、
「ほんとにみんな元気よねー。こんなに寒いのに」
 そう言って羽織ったネルシャツの襟をおさえ、はあっと、白い息をはく。
 同感、同感。
「とくに、ここらへんとあそこらへんですね」
 ここらへん――つまりふたご。ふたごは、なーによぉ! なんて抗議の二重奏。ゆりさんは、梅ちゃんと雪ちゃんはみんなを元気にしてくれるからいいんだよねー。それを聞いて勢いづき、そうだよ! べーっ、とかってふたごは舌を出す。ま、朝っぱらから無理やり起こされでもしなければ、僕だってそれを認めなくもないんだけど。
 それから、あそこらへんっていうのは、学園へとつづく並木道に近い庭の一角。
「あれは……三橋くんね」
 僕の指さすほうを見て苦笑するゆりさん。
 三橋くん――通称みっちゃん先輩はいま、男子舎生数人を指揮して、おーりゃーとかってとても楽しそうに巨大な雪玉を転がしている。とにかくでかい。転がしている本人たちの身長を軽く越えてしまっている。なにか意図があって転がしているのか、それともただ転がすことを楽しんでいるのかは、かなり不明。少なくとも、人力でもうひとつ雪玉のせて雪だるまを作るのは、すでに不可能な大きさ。
「雪かきをしてくれているんじゃないのか? あれ」
 根が善人の大介が言う。
 対して、僕とゆりさん。
「なにも考えてないと思うけど」
「わたしもそう思う」
 みっちゃん先輩は、雪玉の先頭で後ろ向きになって踊るように歩き、みんなを煽り立てている。
 と、思っていたらすべってこけた。
 あやうく雪玉に押しつぶされそうになってるし。
「……年寄りの冷や水」
 思わずつぶやく。
 しかし、ぼそっとつぶやいたその一言をゆりさんが聞きとがめる。
「あら、言ってくれる」
 ゆりさん、すっと目をほそめて僕を見る。
 はははは……ゆりさんとみっちゃん先輩、同学年の同い歳なのだった。
「ひのきくーん? どういう意味だか、聞かせてくれるかなぁ?」
 ゆりさんは上目づかいになって僕の顔をにらんでくる。
「あはははは。どういう意味なんでしょうね」
 なんて言葉ではごまかしきれないので、さっさと、
「すいません。失言でした」
 と認めてしまう。
 すると、
「「しょーぶあり! 勝者ゆりさん!」」
 なんて、持ってもいない旗をあげてみせるふたご。
 うっさいな。
 でもいまのは、ゆりさんの年下の男の子からかいモードに入る予兆があったからしょうがないのだ。ゆりさんって、柊だけじゃなくて僕も、きっと鈴子さんもふたごも大介も、尊敬しているし大好きなひとなんだけど、唯一困ったくせが、それ。ゆりさんは美人である。勉強も運動も出来る。そのうえ舎長で生徒会長なのである。雲の上とか高嶺の花とか、そういうひとなのである。そんなひとがいきなりくだけたちゃめっけモードでからかってくる。これはとってもとまどう。正直、とってもとまどわされた。しかもゆりさんにはどうやら肩書きから生まれるイメージとの落差を楽しんでいる節がある。手に負えないのである。もっともさすがに最近は敏感に察知できるようになって、いまみたいに回避することが可能になっているのだけど。
 案の定、ゆりさん。
「なんだつまんない」
 なんてふてくされている。
「あはははは」
 苦笑する僕。
 ところが、ゆりさん、いつもならそこで手打ちにしてくれるのに、今日はそこでがらりと雰囲気を変えて、ふっふっふ、と不敵に笑う。
「ふっふっふ。ひのきくん、いま、失言って認めたわよね? これは好都合だわ」
「な、なんですか?」
 予想外のゆりさんの攻撃に、たじっとなってしまう。
 年上をなめたらいけないわよ? ゆりさんの目はそう言っている。
 あう……。
 でも、ゆりさん、そんな僕の様子を見てすぐに顔をほころばせる。
「ごめん。冗談。でもちょっとお願いしたいことがあるのはほんとなんだ」
「なんですか?」
 さっきと同じセリフだけど、今度はほっとして聞き返す。
「うん。それがね、天気予報によると雪、今晩もけっこう降るらしいのよ。そう簡単に屋根が落ちる、なんてことはないと思うけど櫻荘って木造じゃない? いちおう今日の分はどかしておいたほうが安心かなって」
「あー。雪おろしですかぁ」
 屋根を見上げると、数十センチの雪の層ができあがっている。
「そうなの。ちょっと大変な仕事なんだけど。あそこらへんの――」
 とそこでゆりさんはみっちゃん先輩たちを指さし、
「――無駄に元気な方々と、あと何人かにお願いしたいなって。人数増やしすぎて屋根抜けちゃったら本末転倒だし、早起きしている男の子の早い者順ってことでお願いして歩いてるの」
 早い者順ってゆりさんの考え、よくわかる。
 雪おろしをやります、なんて朝食のときにでも声をかければ舎生のほとんどが一も二もなく話にのるだろう。櫻荘の屋根に――許可されて――のぼる機会なんてめったにないし、そこで雪おろしなんて珍しいことを体験するチャンスはもっと少ないのだから。そして大盛りあがりになって、このタイミングをのがしてなるものか、とお祭り騒ぎにするのは目に見えている。「雪おろし権強奪校内一周レース」とか、「屋根からダイビング! お笑い人型コンテスト」とか企画するに決まっている。そうなったらもう目的の雪おろしそっちのけになって、今日中に終わるものも終わらなくなる。お祭り騒ぎは僕も大介も大好きなんだけど、人数や時間を限定してなにかをやる場合は、早い者勝ちが吉。早い者勝ちってルール、寄宿舎生活の基本みたいなものだから。
「それで、ひのきくんと大介くんにもお願いしたいなって思ったんだけど、どうかな?」
「いいですよ。な? 大介」
「ああ。俺もかまいませんよ」
 大介とうなづきあう。
 正直、力仕事ってあまり好きじゃないんだけど、普段お世話になりっぱなしのゆりさんの役に立てるのは嬉しい。それにゆりさんは、お願い、なんて言っているけど、自分たちが住んでいる寄宿舎のためになにかをするのって、あたりまえのことだと思う。
 それなのにゆりさんは、
「あ、ほんと!? 助かるよー!」
 なんて手をあわせて喜ぶひとなのだ。
「ただ……」
 すいません、と大介はつけたす。
「俺は午後から陸上部のミーティングがあるんで、手伝えるのはお昼過ぎまでになりますが」
 いつだったか聞いたことがあるんだけど、雨や雪で校庭が使えない場合は午後からミーティングと決まっているんだそうな。練習できないんだったらきっぱり休みにして息抜きすればいいのに、って僕が思うのは運動部の事情(体力とかモチベーションとかの維持?)を知らないからなんだろうけど、毎日毎日の苦行みたいな練習、運動部の連中(とくに陸上部?)っていうのは少なからずMっ気があるんじゃないかって失礼なことを考えてしまう。スポーツは好きなんだけど、体育の授業は嫌いな僕はそう考えてしまう。
「うん、助かる。それに昼前にやってしまおうかなって思ってるの。いまは晴れているけど、午後はだんだん崩れだしてくるらしいから」
 空を見上げてみる。屋根にふりつもった雪の層の向こうに青い空がひろがっている。降りだす気配はいまのところ感じられないけど、昨日もそういえば日中はこんな天気だったっけ。
 ところで、雪おろしの依頼をされなかった者がここに約二名。しかもそのちっちゃな身体がそのままぜんぶ好奇心のかたまりみたいな二人組。もちろん小梅と小雪。このふたりが、雪おろし、なんて聞いて黙っていられないのは当然のこと。
「ねーね。ゆりさん、雪おろし、小梅もやりたいなっ!」
「小雪も!」
 頼まれなければこちらから頼むまで、ということで、うずうずわくわくとゆりさん見つめて目を輝かせる。
 ゆりさんはというと、もうしわけなさそうな顔。
「うーん。ごめんね。力仕事だから男の子に頼もうと思っているんだよ」
 それはまあ、そうだよな。
 それに、効率よく作業を行うために選抜してるのに、男子に比べればやっぱり力のない女子が入ったとなると、いくら早い者勝ちっていっても話に説得力がなくなってしまう。
 しかしながら、ふたごも簡単にはおさまらない。
「えー。やりたいよぉ」
「小雪たちけっこう力あるんだよぉ?」
 ゆりさんの服の袖にとりつき、目をうるうるさせてくちぐちにおねだりするふたご。
「力なんてないくせに」
 僕がぼそっとつっこむと、げしっげしっ、と当たってもぜんぜん痛くないけど、ふたごから蹴り。
「もぉ。ひーちゃんは黙っててよね」
「ゆりさんとお話してるんだからねっ」
「「ねーゆりさーん。おねがいだよぉ」」
「うーん、でもねぇ……」
 ふたごのお願い攻撃くらって困り果てているゆりさん。さっきの蹴りを挑戦状と受け取っている僕は、そこで、少々卑怯な手段でゆりさんへの助け舟を出す。
「あ、そういえばゆりさん。俺たち今朝、小梅と小雪に起こされたんですけど、どうやって起こされたかというとですね……」
「「わーっ! わーっ!」」
 あわてて僕の言葉をさえぎるふたご。僕のくちをふさぐために、ぴょんぴょん飛び跳ねる。舎長のゆりさんの前で、寄宿舎の窓に雪玉ばしばしなんてことをバラされるのはさすがにマズイのだ。
「な、なに言ってるのよ! ひーちゃん!」
「それはずる! ずるだよぉ!」
「あのですね、ゆりさん」
「「わーっ!」」
「雪ちゃん、ここはひとまず退散だ!」
「うん! ひーちゃん、憶えときなさいよぉ!」
 ぽすっ、ぽすっ、とやっぱりぜんぜん痛くないパンチを僕の腕に見舞うと、ふたごは庭のほうへとたったか駆けて逃げていく。
「完勝!」
 思わずぐっ! と大介に向かってにぎりこぶし。ふたご相手にここまでの勝利も珍しい。
 ……反則技使ったけどさ。
「なにやってんだか……」
 苦笑してる大介とゆりさん。
 ゆりさんは小さく肩をすくめてみせ、
「ひのきくん、助かっちゃった。ありがとね」
 と笑う。
 しかしすぐにしゅんとした顔になって、
「……でも梅ちゃんと雪ちゃんには悪いことしちゃったなぁ」
 聞かせるだけ聞かせて、ダメ、だもんねぇ、と落ち込んだ様子のゆりさん。
「今回はしょうがないですよ」
 女子舎生で小梅と小雪だけ参加ってわけにもいかないだろうし。
「そうだけど……ふたりがやりたがるの、考えればわかったことなのに……」
「あとでアメかチョコレートでもあげとけばご機嫌かも」
 ゆりさん、本気で落ち込んでいるので、軽い調子で言ってみる。
 ゆりさんは苦笑して、
「子供じゃないんだから……」
 いえ、子供です、あいつらは。今朝なんかとくに。
「うん。なにかおわびを考えよう」
 ゆりさんはひとつうなづくと前向きに切りかえ、それから今度は軽くにらむように僕の顔を覗きこんでくる。
「で、それはそれとして……ひのきくんが起こされた方法、だっけ?」
 ぎくっ。
 そ、それは……。
 僕が焦っていると、しかしゆりさんはすぐにおかしそうに笑う。
「舎長としてはふたりがなにをやったか問いつめておくべきところなんだけど、ここは聞かないでおいてあげる。どうせ言う気、ないんでしょ?」
「ええ、まあ。……すいません」
 ふたごへの仁義というか、ほんとに言いつけるつもりははじめからなかったのだった。それに女子舎生が男子舎に入ることなく男子舎生に連絡を取る方法なんて限られている。ゆりさんだってそこらへんは予想がついていると思う。でもおおっぴらにならないかぎりはお目こぼし。そのかわり舎生もちゃんと節度は守ること。まあ、舎長と舎生の信頼関係。
「よしよし。そうじゃないとね」
 ふふふ、と嬉しそうに笑うゆりさん。
 こういうところもゆりさんの魅力。
「あ……ところでさ、ひのきくんにも悪いことしちゃったね」
「え? なにがですか?」
「ほら」
 と、ゆりさんの指さしたさき。
 さっきまで巨大雪玉を転がしていた連中を引き連れたふたごが、敵はぜんぽーにあり〜! なんて楽しそうにこっちへ向かって走ってくる。おー! なんてこれまた楽しそうに気勢をあげる連中の手には雪球。
「げ」
 とか僕が驚いているあいだにも、大介とゆりさん、笑いながら素早く玄関に退避してるし!
 びしばしびしばし。
 多勢に無勢、応戦なんてとてもじゃないので玄関に逃げ込むけど、そのあいだに数十発もの雪球を朝っぱらから体中に受ける僕なのであった。
 くそぉ。やっぱりチクってやればよかったかもしれない。


「で、朝から湯上り気分ってわけだ」
 全身雪まみれになってしまった服を再び着替え、シャワーを浴びての朝食の席。
 頭にバスタオルをかぶったままの僕に柊があきれたように言う。
「湯上りなのはたしかだけど、湯上り気分≠チて感じじゃないけどさ」
 ふたごをにらみつけるけど、つーん、とかってそっぽ向く。
「ひーちゃんが悪いんだもーん」
「自業自得なんだもーん」
 うー。
 自業自得と言われると、でもそのとおりなので返す言葉がない。反則技使ったのこっちだし。
「ひのきちゃんの負けだね」
 鈴子さんが楽しそうに笑う。
 今日二度目の負け#サ定。
 うう。まあ、なにかペナルティがあるわけでもないんだし、べつにいいけどさ……。
「でも、男子限定は残念。櫻荘の屋根、わたしもちょっとのぼってみたかったな」
 物欲しげに屋根――というか食堂の天井を見あげる柊。
「柊なら問題ないんじゃないの?」
「それ、どういう意味よ!」
 言いざま、柊は僕の朝食トレーからウィンナーをかっさらう。
「あーっ! なにすんだよ!」
「ひのきは一言多いのよ」
 ふふん、と笑い、容赦なくウィンナーを自分のくちに放り込む柊。
「まりちゃんの勝ちぃ」
 そう言ってやっぱり楽しそうな鈴子さん。
 くやしいので、鈴子さんのウィンナーをかっさらう。
「あ」
 鈴子さんが声をあげるあいだにくちのなかに放り込む。
 ところが手元が留守になったすきをつき、今度はふたごが僕の目玉焼きを強奪する。
「あ! こら!」
「はい、鈴ちん。かわりだよ」
「悪の食卓魔人から取り返したのだ」
「梅ちゃん雪ちゃんありがとー。ひのきちゃんなんか、いーっだよ」
 顔をしかめてみせる鈴子さん。
 しかし、悪の食卓魔人……わけのわからない命名を……。
 だいたい悪≠チていうなら、一番はじめに僕のウィンナーをさらった柊じゃないか。
 きっとにらみつける。
 しかし柊。
「なにかしらぁ?」
 しれっとすっとぼける。
「はぁ……」
 僕のとなりの席で、その一部始終を見ていた大介がため息をつく。
「俺のわけてやるよ……ほら」
 大介は自分の目玉焼きを半分に切って皿に分けてくれる。
「あ、さんきゅ!」
 さすがルームメイト。
 と、それを見ていた柊が、少しひきながら僕たちを見る。
「大介……ううん。あんたたちって実はさ……」
「?」
「?」
 はじめ何のことかわからなかったけど、柊のじと目で気づく。
 僕と大介はあわてて首をふる。
「「ち、ちがうちがう!!」」
 しかし声があってしまい、ますます柊にあやしまれる。
「息ぴったり。やっぱりあやしい……」
「ちーがーうー!」
 とかなんとか平日だろうが休日だろうが関係なくいつもどおりバカやってるあいだに朝食タイムも終了。僕と大介と柊がやりあっているあいだ、鈴子さんとふたごはなにやらこそこそやっていたけど……なに企んでるんだか。


 朝食のあと、ひと休みしてから長靴をはいて屋根にのぼる。屋根へは屋根裏部屋の明りとりの窓から。
 屋根のうえも、地上と同じくやっぱり雪一面。
 中空に浮いているので、またちょっとおもむきがちがって見ごたえがあるかも。
 純白の空中庭園、なんていってしまうとおおげさだけど、でも、地上とはちがう透明な風まで吹いているって感じで、しばし魅入られてしまう。
 ふたごや鈴子さん、柊にも見せてあげたいなって思った。
 でもそんなのんきなことばかりも考えてられない。
 屋根のうえ、右翼の男子舎、左翼の女子舎、それから食堂などの共有スペースの中央部分もあるので、けっこう広い。屋根にのぼった舎生、人数的にはこんなものかなって思うけど、これは予想以上に体力仕事かも。
 雪おろしは、まず女子舎の屋根から。横一列にならんで、いちおう男子舎舎長で櫻荘副舎長のみっちゃん先輩のかけ声で開始。ゆりさんは、落ちてきた雪に舎生が巻き込まれないように、下で見張りをしている。
 ゆるい勾配の屋根だけど、安全のために庇側ではなく棟側からスコップで放り投げるように雪を落としていく。スノーダンプっていうソリみたいな大きなスコップもいくつかあるけど、それはみっちゃん先輩とか大介とか、元気や体力に自信がある人たちが装備。
 雪、けっこう重い。いや、すっごく重い。身体動かすんだから、と少し薄着で臨んだのだけど、それでもすぐにびっしりと汗をかきだす。それに、夜にはまた雪が降るってゆりさん言ってたけど、そんなこと信じられないくらいのいい天気。太陽がぎらぎらと照って、それを真っ白な雪がきらきら反射して、いい運動になるだけじゃなくて、雪焼けまでしてしまいそう。
 舎生のみんなも、はじめこそおしゃべりしながらだったけど、そのうちそんな余裕もなくなってきて、でもその反面、かけ声に気合が入ってきて、なんだかナチュラルハイな一体感。
 かけ声にあわせて無心に身体を動かすのがちょっと気持ちよかった。


 女子舎の雪、それから中央部の雪をおろしたところで、舎生の女の子たちから差し入れがあった。
 しかしその女の子たちの面々というのが、櫻荘の女子舎生のなかでもとくにお祭り騒ぎが大好きな子たちばかり。そしてその中心にはふたごと鈴子さんの姿。
「ひーちゃん、大ちゃん、やっほー♪」
「さしいれだよー」
「うわぁ。高いね〜!」
 ふたごは躊躇なく、鈴子さんは少し危なっかしげに、屋根のうえを棟伝いにこっちに歩いてくる。歩きながら、ふたごは僕たちにむかって得意げに、ぴっとブイサイン。
 僕と大介は顔を見あわせて苦笑する。
 まんまと屋根のうえにのぼってきたか。
 朝食のとき三人でこそこそ相談してたの、まちがいなくこれだ。あのあと、ほかにも屋根にのぼりたい女の子を集めて、策を練ったにちがいない。メンバーからしても、差し入れはどう考えても屋根にのぼってみたいがための口実。
 まったく。ふたごの好奇心には、あきれをとおりこして感心してしまう。
 でも差し入れ、ありがたいのも事実だった。
 汗かいてはいるけど、スコップを握ってた手はかじかんで痛さも感じないくらいだし、天気は良くても空気は冷たいから顔もこわばってる。
「おつかれさま〜」
「「おっつかっれさ〜ん」」
 鈴子さんとふたごが僕たちの前に立ち、たすきがけにしていた風呂敷をいそいそとはずす。ふたごの風呂敷からはそれぞれ細長いステンレスポットひとつずつと紙コップ。鈴子さんの風呂敷にはてのひらサイズの小さな包みが十個くらい。
 でもなるほどな。ものを持ちながら屋根のうえ歩くの危ないから、きっとたすきがけ。
「紅茶とコーヒーだよ。どっちにする?」
「あっちに行けば冷たいのもあるよ」
 屋根への出入りをしている屋根裏部屋のあたり、疲れた〜、なに言ってんのまだ半分じゃない、なんて人が集まっているあたりを指さしながら小雪が言う。
「いや、あったかいほうがいいな。紅茶、いい?」
「俺はコーヒーのほう頼む」
 僕と大介は雪に冷たくぬれた軍手を早速はずしながら、ふたごに頼む。
「「りょーかーい」」
 ふたごがポットから注いでくれているあいだに、鈴子さんは僕と大介にひとつずつ包みを渡す。
「はい。これあまいもの。疲労回復用だよ」
「クッキー?」
「うん。キャラメルクッキー」
 包みをひらくと、スライスアーモンドにキャラメルソースがたっぷりのったクッキー。焼きたてらしくまだあったかい。
「うわ、うまそう」
「おいしいよ♪ お料理クラブの子が焼いてくれたんだよ」
 たまちゃんの後輩の子、何人かこの櫻荘にいるのだ。これは期待できそう。
 僕と大介の飲み物を入れ終わると、ふたごと鈴子さんは再びたすきがけして、宅配業務にもどる。
「あとでまた来るね」
「「まったね〜!」」
 僕と大介は手をふって三人を見送る。
 そういえば屋根のうえには、たすきがけの宅配業務の女の子がほかにも歩きまわってて、なんだかちょっとおもしろい光景だった。昔の映画に出てくるようなモンペ姿の女学生を連想させるっていうか。荷物を運ぶだけならリュックにすればいいのだから、みんなで合わせたんだと思う。誰の案なのか知らないけど、なんかかわいい。


 お茶とお菓子が雪おろしメンバーにひととおり行き渡ったところで、鈴子さんとふたごがもどってくる。お茶のおかわりをもらって、五人で雪おろし終わった部分に腰かけて、しばし屋根のうえのティータイム。
 空は真っ青、下界は真っ白。一ノ森≠フ森の樹のうえにも雪が積もっていて、まるで雪原のよう。そして森のそのさき、見晴るかすさきにはきらきらと陽光をはねかえす宝石のような海も見える。
 なんだか出来すぎなくらいに綺麗な世界。
 雪おろし、けっこう大変だけど、この景色見れただけで充分おつりがくるかも。
 鈴子さんとふたごも見れてよかった。
 ……あれ? でももうひとり、ここにのぼりたがっていたやつがいたけど……。
「そういえば柊は?」
 鈴子さんに訊いてみる。
「まりちゃん? まりちゃんは下でゆりさんと見張りやってるよ」
 鈴子さんとふたごが言うには、危なくないように下でゆりさんの見張りの手伝いをしている女の子、けっこういるそうな。
「そっか。雪おろし、俺たちだけじゃなくてみんなでやってたんだ」
「そうだよ」
「非力な小雪たちにだって、やれることはいろいろあるのだ」
 えっへんとえらそうなふたご。
「目的はべつにあったくせに」
「「なにか言ったかなぁ、ひーちゃん?」」
「なーんにも」
 とぼけると、むうっとにらみつけてくるふたご。
 そんな僕たちを見て鈴子さんはおかしそうに笑い、それから、ぽん、と手をあわせて、ねえ、そういえば、と話し出す。
「ねえ、天使の羽って知ってる?」
 知ってる。
 鈴子さんがなにを言い出したのか、すぐにわかった。いつだったか鈴子さんと一緒に観た映画にそんなのがあった。
「えー、なあに?」
「天使の羽?」
 興味津々、目を輝かせて訊きかえすふたごと、首をかしげる大介。
「あのね、素敵なんだよ。雪の日にしかできないんだよ」
「だめだよ、鈴子さん」
 鈴子さんがなにをしようとしているのかわかった僕は止めようとするけど……。
「なあに? どういうの?」
「教えて、教えて!」
「うん! あのね、まずこうするの……」
 ふたごのはしゃぐ声で僕の制止はとどかず、鈴子さん、屋根のまだ雪の残っている部分に、腕をひろげた姿勢で、ぽすっとあおむけに寝転がる。
「「わわっ!」」
「か、桂木っ?」
 さすがにあわてるふたごと大介。
「鈴子さん! ここは屋根のうえなんだよ!」
 すぐに起きあがらせようと僕も手をのばすけど、あわてる僕たちにあいかわらずのお気楽スマイルでこたえる鈴子さん。
「大丈夫だよ。だって天使の羽なんだよ?」
 鈴子さんは冗談っぽく言ってみせ、
「えっとね。こうやって雪のうえに寝転がって、手をぱたぱたさせるんだよ」
 鈴子さんがひらいた腕を雪のうえで上下させると、その部分の雪がかかれて、羽らしきあとがつく。天使の羽のふわっとした様子にはほど遠いのだけど、いちおう、羽らしき、もの。
「「おお!」」
 思わず歓声をあげるふたご。
「ね〜?」
 うれしそうな鈴子さん。
「はい、もう気が済んだでしょ? 立ちあがって」
 再度、手をのばす。
「うん。ありがと、ひのきちゃん」
 鈴子さんは僕を見あげてにこっと笑い、最後につけたす。
「あのね、誰かに起こしてもらうのが、キーポイントなんだよ。自分で起きあがると雪に手のあとがついちゃうからね。天使は羽で空飛べるから、手をつかなくても起きあがれるでしょ?」
 なるほどぉ〜! なんて感心しているふたご。僕は大介に、つまりこういうこと、と肩をすくめ、鈴子さんをうながす。
「はいはい。いいから立つの」
「うん!」
 鈴子さんがやっと手をのばす。
 と、そのひょうしに――。
 ずっ……。
「あう?」
 鈴子さんが寝転がっている雪の層が屋根のうえをすべりはじめる。
「「鈴ちん!」」
「桂木っ!」
 いそいでつかもうとした鈴子さんの手が離れていく。雪の層は鈴子さんを乗せてだんだん加速しながらすべっていく。
「はう〜。ひのきちゃ〜ん」
「もう! だから言ったのにっ!」
 たたらをふむように屋根を走り、身体を投げ出すようにして鈴子さんの手をつかむ。
 しかし手をつかめても、そのときは僕もまたすべっていく雪のうえ。
 雪の地すべり屋根すべりは止まることなく、そのまま庇へ一直線。
 そして――。
 ぽんっ、と屋根から空中に投げ出され――。
「「わーっ!」」
「ひのきっ! 桂木っ!」
 次の瞬間、僕と鈴子さんは、ぼすっと、地上の雪に埋まる――。


「……はぁ」
 雪に埋まったあおむけの姿で、ぬけるように青い空を見あげながらほっと息をつく。
 雪が深くて助かった……。
「ひのき、ちゃん?」
 おたがい雪に埋まっていて姿は見えないけど、となりから鈴子さんがおずおずと話しかけてくる。
「……なに」
「あ、あの……大丈夫?」
「……いちおう。鈴子さんは?」
「大丈夫。うう、ごめんね……」
 もうしわけなさそうな声。
「反省してる?」
「はい……反省してます……」
 消え入りそうな声で答える鈴子さん。
 はぁ……。まあ、飛び降りて遊んでも危険じゃない高さだったわけだし……。
 僕はひとつため息をついたあと、明るく言う。
「それなら、もういいよ。怪我さえなければさ」
 いつもことだし。慣れてますから。
「ありがと、ひのきちゃん♪」
 鈴子さんのほっとしたような声。
 しかし、反省していると思ったら……。
「ね、ひのきちゃん、あのね、あとね……」
「ん?」
 鈴子さん、くすっと笑い、
「空、飛んだね〜♪」
 のほほ〜んとうれしそうな声。
「落ちただけだって……」
 ため息まじりに答える。ほんとにのー天気なんだから、このひとは……。
 まったく、もう。なにが天使の羽だよ……。
 屋根の庇から心配そうにふたごや大介が顔を出したので、手をふってみせる。
「やっほ〜♪」
 鈴子さんも手をふっているらしい。
「……鈴子さん。ごめんなさいでしょ」
「はい……そうでした」
 叱られた子供のように返事をし、梅ちゃん、雪ちゃん、大介くん、ごめんね〜、と鈴子さん。
 まったく……。
 でも……地上に雪がいっぱい積もっていて、怪我ひとつないのは、天使の加護のおかげ?
 いやいや、それは鈴子さん的思考だって……。


(スノウ・デイ おわり)


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