四の森学園物語


(6) よいおとしを



「すごいんだよ! ほんとにおめめキラキラなんだから!」
 よく磨きこまれた銀のフォークをぎゅっと握りしめながら小梅が言うと、
「そうなの! 衣装はもちろんピカピカなんだけどね、でもそれよりもおめめなの!」
 と小雪までフォークを握りしめながら主張する。
 立花小梅と小雪、一卵性双生児の姉妹が同じようなポーズで興奮しながら話しているここは、美浜町パサージュにあるティールームトライアングル・ポット
 豊富な種類のハーブティーにフレーバーティー、それからスコーンやパイといったお菓子やケーキのおいしい、最近の僕たちお気に入りの一店である。
「それって、比喩じゃなくて? ほら、笑顔が輝いている、っていう感じの」
 レモングラスのゼリーを小さなスプーンですくいながら、柊が訊く。
「ううん。ほんとにキラキラなの」
「小雪たちも、びっくりしたんだもん」
 話題は、ふたごが先日観劇してきたという宝塚歌劇のスター達のこと。なんでも、雑誌社につとめている従姉のお姉さんのツテで一階席四列目という良席がとれ、銀橋を歩くスターたちの表情を思う存分目の前で見ることが出来たそうなのだ。
「銀橋を宝塚さんがすーっと歩いてくるでしょ、それでときどき立ち止まって、ぱあって観客席に笑顔をむけるんだけど、そのときの瞳、不思議に輝いてるの」
「ちょっとやそっとの輝き方じゃないんだから」
「照明の効果でしょう? あるいは衣装の照り返しとか」
 小梅小雪の言葉に、クールな感想を述べる柊。いや、クールというよりはみもふたもないといった表現のほうが適切かも。今夜は大晦日。すでに夜も深まってきて今年もあとわずかっていうのに、柊はあいもかわらずそっけない。暮れだからって、妙に素直になったり、ふたごたちみたいにきゃいきゃいはしゃがれても対応に困るけどさ。
「でも、宝塚さんの瞳が輝いていたっていうのには変わりないよね……ステキ」
 ふたごの話を聞き、まるで自分も歌劇を観てきたかのようにうっとりとした口調で鈴子さんも会話に入ってくる。
「鈴……あんたはまたすぐそういう理屈なんてどうでもいいって言い方をする」
「あら、だって素敵なものはやっぱり素敵だって思ってしまうわ。そういうのって理屈じゃないと思うの。毬ちゃんだってほんとはそう思うんでしょう?」
「はあ……。わたしは理屈だって大切だと思うわよ……」
 ため息をつく柊。
 こっちのかけあいもあいかわらず。
 鈴子さんののんびりペースと柊のつっこみ。
 理屈じゃないのって理屈言われた理屈屋の柊が、もういいわ、って苦笑混じりになるところもいつものとおり。
 でもまあ、みんないつものペースは変わらないんだけど、でもなんとなーく、今年が終わるんだなぁって感慨深いものが肌に感じられるような気もする大晦日ってなんかいい感じ。今年の仕事をすでに終えて、新しい年がもうすぐやってくるまでの不思議な時間の流れ。僕たち学生なんてなにをやったわけでもないけど、でもなんか開放感みたいなものがあったりもして。
 ……なんて、しんみりーと大晦日の夜の雰囲気に浸っていると、
「ところでさっきから呆けたような顔してるけど? ひのき」
「そうだよ。ちゃんと起きてる? 小梅たちの話、聞いてた?」
 とかって、柊と小梅が失礼なことを言ってくる。まったく。情緒ってものを知らないやつらめ。
 まあ、でも正直に答えとく。
「ちゃんと聞いてたけどさ。俺、あんまり演劇とかってわからないんだよ」
 わからないというより、どうも、あの身体中で言葉をしゃべる大げさなそぶりが苦手なのだ、実は。宝塚だろうがなんだろうが。
「演劇って言うかなぁ。ニュアンスがちょっとちがうと思うけど」
「観ていて、普通におもしろいよねー」
 そう言ったあと、普通ってわかりにくいかな? あいまい? ってつけたしてくるふたご。
 いや、わかるけどさ。
「あいかわらず、ひのきは演劇音痴なのね」
 と、そこで柊がまぜっかえす。
「音痴とは失礼な。……あまり強くは否定できないけど」
 学校の文化鑑賞会でどこだったかの有名な劇団を観にいったとき、柊のとなりの席で眠ってしまった過去があったりするのだった。
「でしょ? いびきこそかいてなかったけど、思いっきりふねこいでたもの。まったくみっともないったら。顔にラクガキでもしてやろうかと思ったわよ」
 あのころはまだ知り合ったばかりだったから助かったけど、いまだったら確実にラクガキ、実行されると思う。
 そういう状況になったら、ふたごは一緒になってラクガキするほうにまわるだろうし、鈴子さんだって、そんなことしたらダメだよぉ、なんて言いながらもたぶんおもしろがって強くは止めない。大介は止めようとしてくれるだろうけど、ふたごや柊に押し切られる。太一もラクガキする側にまわるほうだ。もし話の流れで宝塚観に行くことになるようなら気をつけないとなって思う。
「それで? ひのきは、おめめキラキラ、どう思う?」
 柊が続けて訊いてくる。
 あ、その話題、まだ終わってなかったのか。
 でも、じつに柊らしい。なんでも説明しきってしまわないと納得しない。
「やっぱり照明だろうなぁ。眼なんて人間の身体のなかでも常にうるんでいる場所なんだから光を反射しやすいだろうし」
 あまりにもあたりまえの結論でつまんないけど、僕はそう答える。
「やっぱりそっかぁ。でもさー、そうするとちょーどおめめキラキラってなる位置に照明あててるのかなぁ?」
 小梅が、食べかけのブラウニーをぐちょぐちょとフォークでつつきながら首をかしげる。
 するとすぐにワクワクした口調で、小雪がのってくる。
「あっ、小梅ちゃんそれナイスっ! そうだよ、専用劇場なんだもん、それくらいの設備あってもおかしくないよね! おめめキラキラ発生用ビームとか!」
 おめめキラキラ発生ビームねぇ……。
 たとえば映画館でいえば映写機をまわすブースのようなところがあって、そこから照射しているとか?
 うーん、小雪のやつなんだか妙にもりあがってるけど……。
「それはないんじゃないの? だって眼に直接光があたるようだと芝居どころじゃないだろうし、場合によっては転倒して怪我するかもしれない」
「あ、そっか。そうだよね。正面から光が飛び込んできたりしたら、レビューの大階段なんて危なくて降りられないものね」
 それを機会に、話が大階段のことに移った。
 大階段というのは、レビューのクライマックス近くに出てくる文字通りの「大階段」だという。ステージの後方いっぱいの広さに、高さは十数メートルはあるらしい。その階段をお姫さまよろしく足元など見えるはずもないロングドレスを着けたトップスターが決して足元など見ずに駆け下りてくる。
「あんなに長いドレス着けてたら、小梅、平らなステージだって歩けないよ」
「絶対、足元見ちゃうよね」
 ため息をつくふたご。
「小梅や小雪のロングドレス姿……」
 身長一四〇センチちょっとのちんまい身体でずるずると裾を引きずるおこちゃまな姿……。
「あ〜! なによぉ、その目はぁ〜!」
「小雪たちがロングドレス着たらおかしいっていうのぉ〜!」
 とたん、ふたごから激しい抗議を受けてしまった。
「おかしいってわけじゃないけど……」
 なんていうか、ほほえましいっていうか……。
「ひのきちゃん、失礼だよ」
 と、そこでさらに鈴子さんまで、僕を非難する側に参戦してくる。
 僕をとがめながらもほほえましげに笑っているところを見ると、どうやら鈴子さんもふたごのロングドレス姿を想像していたらしい。同じような絵を想像していただろうに、僕だけが責められるのは心外だ……。
「でもさ、それ考えると、シンデレラって生まれながらのお姫さまってことかね」
 柊がとうとつに妙なことを言い出す。
「なに?」
 話についていけず、思わず訊き返す。
「まあ、物語の話だけどさ。あの人、舞踏会って初めてだったわけでしょ? それなのに練習に練習を重ねている宝塚の人たちみたいにお城の階段駆け下りて、ガラスの靴をかたっぽ落とすくらいで済んでるんだよ? 普通のお女中さんにそんなこと出来るわけないよね」
 でしょ? と肘はついたまま、僕にてのひらをむけて話をふる柊。
「いや、でしょ? って言われても」
 しかし柊は僕の返答なんて必要なかったかのように話を続ける。
「あるいは、姉たちの目を盗んで、したたかに練習して機会をうかがっていたかね」
「したたかって……。舞踏会に憧れてささやかなまねごとをしていたとかってのでもいいじゃない」
 むしろ、おとぎ話的には、そっちのほうがしっくりくると思う。
 ちょっと前に流行った「ほんとは〜のおとぎ話」的に考える必要ないと思うし……なんて考えてると、
「うん、わたしも、ささやかなまねごと説に賛成。かなわぬ夢を見てたっていうほうがかわいいもの」
 となぜか、高々と手をあげて僕の説(?)を支持する鈴子さん。
 すると、
「小梅も〜!」
「小雪も〜!」
 と、ふたごたちも元気よく手をあげる。
 なので、僕も遅ればせながら手を上げ、自分の説に一票入れておく。
 柊はあきれたようにため息をつくと、ぺしっと僕の手をはたき落す。
「あんたまでのらないでよ。賛成とか反対とか、そういうことじゃないでしょーが」
「終わりよければ全て良し。年の最後に柊に勝っておこうかって思って」
「ばっかじゃないの」
 流し目でばっさり切り捨てられてしまった。やっぱり負け越しらしい。勝負じゃないって。


 そんな感じで、年の終わりの最後の夜をワイワイ過ごしていると、どこからか、ご〜ん、ご〜ん、って除夜の鐘が聞こえてくる。
「あ。もうこんな時間だよ」
 鈴子さんがお店の壁にかけられているよく磨かれているけれど古めかしい時計を見上げて言う。
「ああ〜! ほんとだぁ!」
「油断してたぁ!」
 鈴子さんにつられて時計を見たふたごが騒ぎ出す。
「やっぱり行くのぉ?」
 三人とは対照的に腕時計に目をやった柊がめんどくさそーにぼやく。
「なに言ってるの、毬ちん!」
「そうだよぉ。ずっと楽しみにしてたんじゃないのぉ!」
 ふたご、すぐさま柊に抗議。柊は、はいはい、悪かった悪かった、と手をぱたぱたと振りながら苦笑する。
 ふたごの楽しみっていうのは、除夜の鐘のこと。
 美浜町パサージュを出て海岸に向かう道沿いに、地元のひとだけがお参りに行くような小さな神社があるんだけど、そこでは、除夜の鐘を参拝客につかせてくれるっていうのをやってる。で、その鐘を、つきたい! つきたい! つきに行こう! ってふたごが言い出し、例によって僕たちも付き合うことになり、実家に帰るのをさきのばしにしての今夜なのだった。
「う〜っ。寒いのに……。ね、ひのき」
「うん。外はきっとこごえるくらいに寒いよな」
 珍しく意見が合い、屋外の寒さを考えてぶるぶるっと身体と心をふるわせる僕と柊だけど、いっそげ、いっそげ、って急かすふたごに腕を引っ張られてしかたなく立ち上がる。鈴子さんは……この人もまたくだらないイベントごと(除夜の鐘がくだらないってわけじゃないけど)が大好きなので、いそいそとコートに袖を通している。
 ふたごがどうして急いでいるのかっていうと、鐘つきサービス(?)は元旦の午前一時までしかやっていないからだ。それに、除夜の鐘を数え終わったあとも時間までは鐘つきをやらせてくれるのだけど、出来れば百八つの鐘の音のひとつをついてみたいらしい。
 もちろん僕も、どうせ寒いなか出かけるなら、限定百八つに間に合いたいって気はするけど。
 まあ、どっちみち、大晦日っていうことで夜遅くまで営業しているこのお店も閉店時間に近いから、そろそろ出なければならないのだけど。


 僕たちは会計を済ませ、軽やかな鈴の音を鳴らすドアを押し開ける。
 とたんにひやっとした空気が頬を撫でる。
「うわっ。さむっ!」
 思わず襟元をぎゅっと握りしめてしまう。
 そんな僕をくすくす笑うのは鈴子さん。
「歩いていればすぐに身体温まってくるよ、ひのきちゃん」
 それはそうなんだろうけど、あたたかいお店のなかからいままさにこごえるような寒さのなかに、ってときにはなんのなぐさめにもならないってば。
「さ、ひーちゃんぐずってるときじゃないよ!」
「急がないと間に合わないよっ!」
 寒くても暑くてもいつも元気なふたごが両腕をとり、寒風吹きすさぶ店外(気分的に極寒地獄……)へと僕をひきずって行く。
 トライアングルポットは二階にある。だからドアの外はふきっさらしの階段。下から冷たい風が吹き上がってくる。
 やっぱ、むちゃくちゃ寒っ!
 そしてもうひとりのぐずりん子も、はいはい毬ちゃん、なんて鈴子さんに背中を押されてしぶしぶドアの外に足を踏み出してる。さっむーい、なんて僕と同じようなこと言ってる。
 そんなことやっているうちにも、
 ごーん……。
 ごーん……。
 と鐘が鳴る。
 寒くて、でもとても澄んだ空気に、重くて低いけど心のなかに深く静かに染み渡るような深い音色が響き渡る。
 僕たちはそんな除夜の鐘に急かされ、ガラスの靴はないけれども、かわりに真白なと息をいくつも残して階段を駆け下りていくのであった。


 それから間もなく。
 美浜町パサージュの駅前広場の時計塔が、一年の終わりと始まりの刻をきらびやかなメロディーで町中に告げる。
 僕たちは一瞬歩みを止め、嬉しいんだか楽しいんだか恥ずかしいんだかよくわかんないんだけどなんとなくこみあげてくる笑いをこらえながらかしこまって向かい合い、
「あけましておめでとー!」


(よいおとしを・終)


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