四の森学園物語
(5) 雨の日のすごし方
「ひーちゃん。雨、降ってきちゃったね」
ぽつぽつぽつと水玉はじける窓の枠に手をついて、煙るようなうす灰色の空を眺めながら、小梅がつぶやく。
小梅の横に立ち、窓の外を眺めてみると、眼下の校庭は濡れてすっかり黒ずみ、うっすらとはった透明の膜のような水たまりでは、小さないくつもの水紋が浮かんでは消えている。
「これじゃあ、お買い物、無理だね」
小雪もやってきて、僕のとなり、小梅とは反対側に並んで、窓の向こうに目を向ける。
放課後の教室。ホームルームは終わったばかり。
僕たちの横に一瞬並び、うわぁ、雨降ってきたよ、こういうときは舎生ってうらやましいな、なんてクラスメートたちは言って教室を出て行くけど、でも僕たち、今日は美浜町まで買い物に出かける予定だったのだ。
「夜までもつと思ったけど、ダメだったか」
小雪のとなりに柊も立ち、幾枚かのルーズリーフの挟まったバインダーを片手に小さく肩をすくめる。
ルーズリーフは買い物リスト。品目は、壁紙とかちょっとした小物とか文房具とか。
おとといのことだったけど、部室の模様替えをしようという話になったのだった。
といっても、模様替えに深い意味はなくて、鈴子さん、ふたご、柊の四人が勝手になにやらもりあがっただけなのだけど。
ようは気分転換なわけで、でももちろん弱小クラブの予算に予定外の模様替えをする余裕なんてあるわけない。けっきょくおこづかいをみんなで出し合うことになって、模様替えにぜんぜんまったく乗り気じゃない僕も当然のように徴収されて、今日、美浜町に買い物に行くことになっていたところで雨、というわけだった。
ちなみに僕はもちろん荷物持ち役として今日の買い物紀行には強制参加だったわけだけど、仕事が無くてもついていったと思う。鈴子さんやふたごにまかせておいたらどんな乙女ちっくな部室に模様替えされるかわかったものじゃないから、断固たるストッパー役として。柊、おもしろがって止めないだろうし。
「ま、模様替えはまた今度っていう思し召しじゃないの?」
すると柊。
「誰の思し召しよ。誰の」
怒られた。
小梅と小雪も――。
「ひーちゃん、あまい」
「そうだよ。今日はダメでも明日は行くんだから」
たしなめられた。
ちょっと言ってみただけなのに。
と、そんな僕たちに笑いのまじった声がかけられる。
「でこ、ぼこ、でこ、ぼこ」
柊、小雪、僕、小梅、と、山なり谷なりに手を上下させてなぞってみせ、楽しそうなのは太一。
でこ、は僕と柊。
ぼこ、は小梅と小雪。
互い違いに並んで立っている身長差がおもしろかったらしい。一卵性のふたごの小梅と小雪はもちろん、僕と柊もそれほど変わらない身長だから、均等な標高差(?)がなおさらおもしろいのかもしれない。
とはいえ、おもしろい、おもしろくないはひとによってちがったりするわけで。
「たー坊、なんか言ったかなー?」
「なーんか、失礼なことを言われた気がするんだけどぉ?」
くるっとふりむき、きっとにらみつける小梅と小雪。
コンプレックスというほどのものではないのだろうけど、小梅と小雪、小さいって言われることをあまり歓迎しないのだった。
まあ、太一もそれを知ってるからおもしろがるんだけど。
「あ、ぼこぼこコンビが怒った」
「「む。挑戦と受け取った」」
言うが早いか、ふたごは、えやー! と叫びながら太一につっこんでいく。
小柄なふたごが自らの体重の軽さをカバーするためにあみだした時間差体当たり。
ひとりがぶつかってバランスを崩させたところに、さらにもうひとりがつっこんでとどめをさすという、なかなかあなどれない立花姉妹の必殺技。
どかっ! どごっ!
「うがっ!」
ファーストアタックの小梅は受け止めたけれども、そのすきに小雪にうちに入られ、あっけなく床にしりもちつく太一。
「「勝利!!」」
ふたごは得意満面に宣言し、こぶしをかつんかつんとぶつけあう。
「正義は勝つのだ!」
「勝つのだー!」
「あたた……。あほー。お前らは悪だ、悪」
ぶつくさ言いながらたちあがり、制服についたほこりを払う太一。
ほんと、こりないよ、太一も。
しょっちゅうこんなことやってる。
さらに、「む〜。悪だとぉ〜!」「まだやる気かぁ」「おうよ。正義は勝つ、だからな」などとお互い戦闘体勢に入るふたりとひとりだけど、そこで柊がやれやれといった調子でつっこみ。
「まったく。あんたたちってなんでそう、毎日毎日おんなじようなネタでじゃれていられるの」
そのあとに、それで毎回毎回おんなじようなセリフで止める私も私なんだけど、と苦笑するのが柊らしい。
小梅と小雪はというと、そんな柊に、ぶーと口をとがらせる。
「まりちん、ちがうのだ。これはじゃれているわけではないのだ」
「そうなのだ。これはわたしたちのプライドをかけた真剣な戦いなのだ」
抗議を受けた柊は、はいはい、と肩をすくめ、処置なし、といった具合に僕と苦笑いをかわすけど、そこで、おや? といった様子に顔をあげ教室を見まわす。
「なに?」
「んー。鈴がいないな、と思って」
言われて、僕もやっぱり、おや? って気がついた。
そういえばさっきから鈴子さん、姿が見えないかも。
あらためてぐるっと見まわしてみるけど、教室に残っている生徒たちのなかにはいない。
「なーに?」
「どしたの?」
きょろきょろしている僕と柊の様子を不審に思ったのか、太一との戦闘体勢を解いて、ふたごもきいてくる。
「うん。鈴子さんがいないなぁって」
僕が答えると、
「あれ? そういえば鈴ちん……」
と小梅も教室を見まわし、
「……いないねぇ」
と小雪が言葉を引き継いで納得する。
「もしかして、買い物、ひとりで行っちゃった、なんてことないわよねぇ」
柊が疑わしげに窓の外に目をやる。
「まさか。雨降ってるのに? 俺たち、ここにいるのに?」
「でも、鈴よ?」
「う……」
思わず言葉に詰まってしまった。
鈴子さんのすっとぼけたひととなりをよく知る僕たちにはなんとも説得力のある柊のひとことだった。
ときどき、とーっても個性的な考えちがい、するからな、鈴子さんって。
昇降口まで雨の様子見に行って、その勢いで、雨が本格的に降り出さないいまのうちに急いで行ってきてしまおうかなぁ、なんて、あののんびりしたお天気頭で考えるかもしれない。
わたし、雨、好きだし。傘、好きだし。みんな濡れて風邪ひいちゃったら大変だもの。わたし、ちょっと行ってきちゃおうかなー。(鈴子さん的思考)
で、そのまま深く考えずに靴履きかえて昇降口出て行ってしまったりして。
楽しそーに、傘まわして、スキップしながら。
うーん。ありえる。
でもそうだとしたら、せめてバス乗る前に止めないと。
だって。
気を使ってくれる(?)のは嬉しいけど……。
そんな鈴子さんに冷たい言い方だけど……。
でもこんな雨のなか、鈴子さんひとりで大荷物持って歩いたら、絶対、転ぶ。
壁紙とかテーブルクロスとか、水たまりに、べちゃっ。
かき集めた(集められた)なけなしのおこづかい、ぱぁ、だ。
長年のつきあいから、ほとんど確信めいてそんな気がする……。
そんなこと言ったら、鈴子さん、まちがいなく膨れるけど。
――なんてことを考えていると、いつのまにかさっさと帰宅準備を整え、カバンをかついだ太一が歩いてくる。
「なに? 桂木さがしてんの」
「うん。太一、知らない?」
「ああ。ホームルーム終わってすぐだったかな。廊下に出て行くの見たけど」
教室のドアのほうを指さしながら太一は答える。教室にふたつあるうちの昇降口に近いほうのドア。
「廊下? 昇降口のほう?」
「いや。よくはわからんけど」
そうだよなぁ。
「いまいち使えないやつ」
「柊、お前な……」
まあ、柊の余計なひとことはお約束として。
それより鈴子さん、やっぱり買い物に行っちゃったんだろうか。
昇降口に様子見に行くだけなら、もう戻ってきていてもおかしくないはずだし。
と、そこにふたご。ぴょこんと飛び出してくる。
「ねえ、鈴ちんのカバンはあるよ」
「教科書もまだ机のなかみたいだよ」
ふたご、僕たちが顔つき合わせているあいだに鈴子さんの机をチェックしてきたらしかった。ここらへんの行動力、さすが立花姉妹。
しかし、となると――。
鈴子さん、たぶん財布はバッグのなかだから、バスには乗れない。
ということは美浜町には行ってないことになる。
たしか掃除当番でもなかったし、部活に行くったってカバン置いていかないだろうし、だいたい鈴子さん以外のクラブのメンバー、ここにいる。
ちなみに、その重量がさらに動きをとろくさせているのだけど、鈴子さん、教科書は必ず持ち帰る人なので、寄宿舎に帰ったとも思えない(というかそれ じゃカバン忘れてるし)。
どうやら学内にはいるみたいだけど、鈴子さん、ほかにどこ行くかな。
と、
「それじゃ、じゃんけんだね」
柊がとうとつに言う。
「は?」
「だって、鈴残して帰っちゃうわけにもいかないでしょ。だからじゃんけんで負けた人間が鈴を捜しに行く」
どう? って顔の柊。
なるほど。
まあ、待っていればもどってくるんだろうけど、捜しに行ったほうが早いのかな。
「なになに、勝負事? 俺もやる」
「「たー坊、勝負の続きだよ!」」
「おうよ!」
なんて、なにやらべつのもりあがりをみせている人たちもいるけど。
「それじゃ、行くよ」
柊が音頭をとる。
「じゃーんけーん……」
……で、負けた。
「「「正義は勝つ!」」」
声をそろえるふたご&太一。
はいはい。
「こうやって雨音聞きながらの人待ちっていうのもいいものよね。……あ、ひのき、がんばってね」
小憎らしいことを言うのはもちろん柊で。
じゃんけんの言い出しのくせに。
はあっ……。
しょうがない。行こ。
うーんと、校内で鈴子さんが行きそうな場所というと――。
まずは鈴子さんがほんとに学内にいるのかどうかを確かめなきゃなって思い、昇降口に来てみた。
なんで僕だけ、校内歩きまわらなきゃならないんだ、って思うけど、納得ずくのじゃんけんで負けちゃったら文句言えないしな。
ま、ぼやいてないで仕事、仕事。
えーと、鈴子さんの下駄箱はと……。
……うん。靴はある。
どうやら学内にはいるみたいだけど……さて、どこさがそ。
きょろきょろあたりを見まわしてみるけど、鈴子さんの姿はない。
と、
「ひのきさん?」
背を向けている廊下から声をかけられた。
「ん?」
ふりかえると、ふたごほどではないけど、小柄な女の子がひとり。
切りそろえた黒髪と落ち着いたたたずまいがまるで日本人形のような清楚な雰囲気の少女。
女の子は、ああやっぱり、と胸をなでおろして、にっこりとほほえみ、
「こんにちは。ひのきさん」
とあらためて挨拶してくる。なんか心がふんわりしてしまう笑顔。
「こんにちは。よりちゃん」
僕も挨拶を返す。
よりちゃんは一年生、つまり僕たちより一学年下で、僕たちと同じくやっぱり寄宿舎に住んでる女の子。ただし、櫻荘ではなくて秋桜荘のほうなのだけど。
櫻荘と秋桜荘って、なにかとライバル関係にあるんだけど、よりちゃんの趣味も読書なので、ときどき物語クラブで僕たちとお茶を一緒したりしている。
僕たちの妹みたいな存在、なのかな。
もっとも彼女には実の兄がちゃんといるのだけど。
「いま帰るところ?」
「はい。ひのきさんは、どなたかとお待ち合わせですか?」
よりちゃんが訊いてくる。
昇降口につっ立ってきょろきょろしていれば、普通、そう思うだろうな。
「いや、そういうわけじゃないんだ。あ、そうだ。よりちゃん、鈴子さん見かけなかったかな?」
「鈴子さんですか? さっきお会いしましたよ」
丁寧な口調で答えてくれるよりちゃん。
「あ、ほんと」
「はい。ここに来る途中、階段で」
そう言って背後の階段を振り返るよりちゃん。僕が降りてきたところとは反対側。音楽室や美術室などの特別教室棟へ続いている階段だった。
「お友達の方と一緒でしたよ」
よりちゃんはそうつけたす。
話をきいてみると、どうやらよりちゃんの言うお友達の方、というのは、僕たちのクラスメートのたまちゃん――三坂珠美ちゃんのことのようだった。
たまちゃんと一緒だった、ということは調理室にでも行ったかな。
たまちゃんはお料理クラブに所属していて、鈴子さん、お菓子の実習があるなんて聞くと、よく遊びに行っているのだ。
お菓子に惹かれてふらふら。鈴子さんなら充分ありえる。
「あの……」
「ん? なに?」
「わたしも鈴子さんお捜しするの、お手伝いしましょうか?」
よりちゃんがひかえめに申し出てくれる。
「ううん。そんなの悪いよ。それにさ、鈴子さん捜すっていっても、べつに急ぎの用事があるわけでもないんだ」
よりちゃんに、じゃんけんで負けた罰ゲームのようなものなんだって話す。
「そうなんですか。わたし、もう寄宿舎に帰るだけですから、お手伝いできることがあれば、と思ったのですが」
柊に聞かせたいセリフ。
ほんとにいいこなのだ、よりちゃんって。
「ありがとね、よりちゃん。……ね、そういえば、もう学校に用事ないんだよね?」
ちょっと思いついて訊く。
「はい。とくには」
「だったらさ、俺、鈴子さんのあと追ってみるから、そのこと、教室にいる柊たちに伝えてくれないかな? それでそのあとに、ひさしぶりにみんなで本の話 でもしようよ。鈴子さん、もしかするとなにかお菓子を手に入れているかもしれないしさ」
よりちゃん呼べば、僕もそうだけど、鈴子さんも柊もふたごも喜ぶ。よりちゃんと集まって話するの、ひさしぶりだし。
「おじゃましていいんですか?」
嬉しそうに訊いてくれるから、僕も嬉しい。
「あたりまえだよ」
「はい!」
胸の前で手をあわせ、ほほえむよりちゃん。
誘ってよかったって、すっごく思う。
「それじゃ、俺、鈴子さん捜してくるね」
「はい。毬絵さんたちにはしっかりとお伝えしておきます」
校内、滑りやすくなっていますから気をつけてくださいね、そう言ってぺこりと丁寧にお辞儀し、歩いていくよりちゃん。
よりちゃんの後姿を見送って、僕も歩き出す。
たまちゃんを訪ねるために、特別教室棟の調理室にやってきた。
「あれ? ひのきくん?」
調理室のドアからそっとなかを覗くと、すぐにたまちゃんと目が合った。
たまちゃんは同じ調理台についていたクラブ仲間に声をかけるとすぐにこっちに歩いてくる。
「いいの?」
調理台のまわりでは、クラブの子たちがはしゃぎながらも手際よく、食材に包丁を入れたりボウルに移したりと立ち働いている。
「大丈夫、大丈夫。クラブのみんなが集まるまで、まだちょっとかかりそうだから」
「そっか。なに作るの?」
野菜が多いみたいだけど。異様に。
「見てのとおり、サラダだよ」
そう言って、にこっと笑うたまちゃん。
たまちゃんっていつでもにこにこしていて一見、穏やかそうな子なんだけど、料理のこと話したり、実際に調理するとなると、とたんにすっごく生き生きしてくる。
いまもそう。
たまちゃんのうきうき感が伝わってきてる。
料理へのこだわりがあまりにもすぎていて、ちょっと怖いときもあるけど。
「たしかに、見てのとおり、だね」
調理台の上をあらためて眺めてみるけど、ぱっと見、ほんとに野菜しか目につかない。
「でしょ?」
「うん。でもどうしてサラダ? お料理クラブでわざわざ作るものじゃない気がするんだけど」
せっかく料理のクラブで作るんだから、なんかこう、フライパンでジューッとか、お鍋でコトコトグツグツとか、いかにもお料理〜! って感じなのがイメージなんだけど。サラダっていうと包丁でザクザク切って盛り付けて終わりって印象があるっていうか。
「あー、ひのきくん、サラダをなめてるね?」
瞬間、キラーンと光るたまちゃんの目。
あ。や、やばい。たまちゃんのスイッチが入ってしまったかもっ!
と、焦ってみてももう遅かった。
「いいこと?」
人差し指を立て、僕を見る目がすでにすわってしまっているたまちゃん。
「サラダっていうのはね、極めるの、至難の業なんだよ。それこそ星の数ほどレパートリーがあるんだから。野菜をざっくり切っただけの新鮮サラダは基本。レタスたっぷりチーズにアンチョビ、ポーチドエッグにオリーブオイルをきかせたシーザーサラダでしょ、それからタコ、イカ、エビにパセリをちりばめたさっぱりシーフードサラダ、マリネのサラダにミモザサラダ、コールスロー。ああそうそう、つけあわせの定番のポテトサラダもあるよね、これは忘れちゃいけない。それからそれから、しゃっきりダイコンサラダとか、タマネギのみじん切りのせたスライストマトのサラダもおいしいし、あ、そうそうツナサラダとかタラモサラダもおいしいね。サラスパもサラダの一種かな。ね、わかる、ひのきくん。ちょっと考えただけでもこんなに出てくるの。いっぱいあるでしょー? でもね、ほんとにすごいのはここからなんだな。だって、このメニューに、それぞれの家庭でオリジナルの要素が加えられるんだよ? 人の数だけのオリジナルだよ。でね、これは料理すべてに言えることでもあるんだけど、サラダってね、そのひとのちょっとした工夫やアイデアで驚くほど味にちがいが出てくると思うの。いわゆる家庭の味っていうのがそれに近いかな。包丁さばきで野菜だって味が変わるし、見た目もまた味に影響するからそれもひとそれぞれ。そのうえに、同じひとが同じようにつくっても、その季節やときどきによって食材にもちがいがあるわけでしょ? だからそれこそ千差万別なのよね! まあ、そこに料理の難しさ、楽しさ、奥深さがあるんだけどさ。たとえばうちの場合は、ざっくり切っただけのサラダのときもイエローピーマンとレッドピーマンが入るんだけど……」
「わ、わかった、わかりました。僕が悪かったです。サラダはえらいです」
どうにかこうにか口をはさむすきをみつける。
たまちゃん、トランス状態に入るとどんどんエスカレートしていくからはやめに止めないとヤバイ。ほっとくと一時間でも二時間でもしゃべり倒すから。
「ま。わかればよろしい」
にっと笑うたまちゃん。
「おみそれしました」
おおげさに頭を下げて見せると、たまちゃんはおかしそうに笑う。
「ははは。でもね、ほんとのこと言うと、クラブでもメインに扱うことはめったにないんだ。いつもつけあわせ程度だから。それで、さっきひのきくんに言ったような理由でちょっと反省して、今週はいろいろなサラダをつくってみよう週間≠ノなったってわけなの」
「なるほどね」
それでこんなに野菜が山盛りなわけか。いくらメニューがサラダにしても一回の実習分にしては多すぎる。
「今日はホタテをつかった海鮮サラダと豆腐サラダなんだよ」
そう言って食材を指さすたまちゃん。
「それ、どっちもおいしそ」
「でしょー。今度ごちそうしてあげましょうー」
と、そこでたまちゃん、ふと気づいたって感じに首をかしげる。
「……あれ? ところで、ひのきくん、なにか用があったんじゃなかったの?」
「あ。忘れてた」
鈴子さんのこと、捜していたんだっけ。
でも、一見したところ調理室のなかには鈴子さんの姿、見えないんだよな。
よりちゃんの言ってた「お友達の方」ってたまちゃんのことじゃなかったのかもしれない。
それでもいちおう訊いてみる。
「あのさ、たまちゃん。鈴子さんと一緒だった?」
するとたまちゃん、あれ? 捜してたの? って感じに首をかしげて、
「さっきまでここにいたよ。一足違いだね」
って苦笑する。
僕は、教室から鈴子さんが一言もなくいつのまにかいなくなっていたこと、昇降口近くでたまちゃんと連れ立っているのを見ていた子がいること、などの経緯を説明する。
たまちゃんの話はこうだ。
業者さんからサラダの材料のお野菜を受け取って調理室へ向かう途中、昇降口で鈴子さんに会った。鈴子さんの顔を見たたまちゃんはそこで昨日、実習の残りの食材でつくったかぼちゃのクッキーが残っているのを思い出し、食べる? って誘ったところ、二つ返事でついてきたらしい。
「やっぱりお菓子につられてたか……」
まったく、意外性のかけらもないったら。
「でも怒っちゃだめだよ。わたしが誘ったんだし、それに、ひのきくんたちにお菓子食べさせてあげるんだって、嬉しそうだったんだから」
たまちゃんはちょっと心配そうに僕に言う。
僕は軽く笑って、
「大丈夫、大丈夫。こんなことくらいで怒ってたら鈴子さんの従姉弟なんてやってられないから」
買い物に行く件、どうするかを話さないうちからふらふらしてるのはしょうがないなって感じだけど、お菓子をみんなに分けるって言って嬉しそうな顔してた、なんて聞いたらますます怒れない。
僕の返答聞いて、そっか、よかった、ってほっとしてるたまちゃん。
でもそうすると、
「鈴子さん、いまごろ教室にもどってるのかな?」
僕がひとりごちると、たまちゃん、ううん、と首をふって言う。
「たぶんまだだよ。手芸クラブに行ったから」
「手芸クラブ?」
「うん。部室の模様替えするんでしょ? その話鈴ちゃんから聞いてたら、ちょうど遊びに来てた手芸クラブの子がね、テーブルクロスに使えそうな布があ まってるからもしよかったら、って言ってそれで」
「また、ついてった、と」
「そういうこと」
……もらい物紀行?
なにやってるんだか、あのひとは。
たまちゃんにお礼を言うと、クラブ棟にある手芸クラブの部室に向かった。
でも、部室の前まで来たのはいいけど、そういえば手芸クラブに知り合いっていない。
それで、入りにくいなどうしたもんかな、って考え込んでると、その手芸クラブの部室のドアが、がらがらっとひらく。
――って、あれ?
「あら。ひのきくん」
「ゆりさん?」
手芸クラブのドアから出てきたのは、僕たちの寄宿している櫻荘の舎長、門倉ゆり先輩だった。学年はひとつ上だけど、寄宿舎が同じということもふくめてなにかと縁があって、けっこう親しくさせてもらっている。
ゆりさんって、容姿端麗、文武両道のすごい人なんだけど、やさしくて面倒見がいい人なので、舎生のなかでも女の子にとくに人気がある。男から見ると、あこがれの上級生って感じかな。
「あれ? ゆりさんって手芸クラブだっけ?」
僕が訊くとゆりさんは笑ってパタパタと手をふる。
「ちがうちがう。わたしは生徒会のお仕事だよ」
手に持った書類を僕に見せるゆりさん。書類は、年度末に開かれる文化系クラブ主催のチャリティーバザーのお知らせプリント。同じ寄宿に住んでいるということでひとあしはやく昨晩、僕たちももらったプリントだった。
「生徒会長自ら配って歩いているんですか?」
ゆりさんって、舎長だけじゃなくて生徒会長なんてものもやっている人なのである。
「そうよ。こうやって、好感度と支持率を地道に高めるんだな」
ゆりさんはいたずらっぽく笑い、しゃあしゃあと言ってのける。でも、そんなことわざわざやらなくても、いつだって一生徒の視点にたって生徒会をすすめるゆりさんの評価はとっても高い。生徒会なんて目立ちたがりの仕切り好きが集まるとこ、なーんて意地悪い目で見てた僕の考えも変わったくらいだから。ゆりさんに言わせれば、「自分が楽しい学園生活を送りたいからがんばってるだけなのよ」ってことらしいけど、でも僕たちがそのおかげさまになっているのはたしかなのだった。
「それより、ひのきくんこそどうしたの? まさか手芸クラブに転部?」
いま出てきたばかりのドアを指し示しながら、あら意外、って顔で訊いてくる。
「ちがいますって。雑巾ひとつ縫えない人間が手芸クラブでなにするんですか」
「あら。なにもできないからクラブで練習するんじゃない」
ちがう? って首をかしげるゆりさん。
「それはそうかもしれないけど、でもちがいますって」
するとゆりさん、破顔して、
「ははは。そうね。勝手にクラブ変えたら、毬絵ちゃんたちに怒られちゃうもんね」
なんてことを言う。
「べつにそういうわけじゃないですけど……」
まあ、それもたしかなことなんだけど。
「でもそれじゃ、なにしているの? あ、もしかしてここにひのきくんの好きな子がいたりして?」
冗談めかして言うゆりさんに、僕はため息をつく。
「ちがいますって。ゆりさん、なんかゴシップ好きのおばちゃんみたいですよ」
「あ。ずいぶんなこと言ってくれるわね? ひのきくん。そういうこと、年上の女性に言っていいと思っているのかしら?」
むむっと目を細め、にらみつけてくるゆりさん。
でも僕はそれくらいじゃひるまない。
「なにが年上の女性ですか。自分だって、年下の男の子、なんて思ってからかってるくせに」
ゆりさんって、たまに、ほんとに生徒会長? って疑うくらいちゃめっけ出すことがある。最初は僕も、舎長と生徒会長の肩書きを持っていて、もちろん成績優秀、生徒からも先生からも信頼の厚い先輩ってイメージと、おふざけしているときのゆりさんのギャップにふりまわされたけど、いまでは慣れっこ。
ゆりさんは、なーんだ、なんてつまらなそうな顔をして、
「わかる?」
「わかりますって、それくらい」
「ノリ、悪いなぁ」
「勝手なこと言わないでください」
まったく、たち悪いんだから……。
「あのですね。僕がここに来たのはですね、鈴子さんを捜して、なんです」
ゆりさんがこれ以上、邪推して(僕で遊ぶために)余計なことを言い出さないうちに、話をもどす。
すぐに話を聞く態勢になってくれるゆりさんに、教室、昇降口、調理室、と追跡してきた経緯を話す。
「なるほどなるほど。でも、ここには鈴ちゃんいなかったわよ?」
答えるゆりさん。
うーん、ということはまたも行き違いか……。
「ちょっと待って。いまきいてあげるよ」
ゆりさんは、そう軽く言うと、僕の返事を待たずに手芸クラブの戸をノックしてなかに入って行く。
と、そこで気がついた。
そういえばゆりさん、生徒会の仕事中だって言ってたじゃないか。
それなのに、無駄話につきあわせて、そのうえ頼み事までしてしまった。
うー。いまさらだけどなんだかもうしわけない気分……。
僕が少なからず反省していると、それほど待たないうちにゆりさんが部室から出てくる。
「鈴ちゃんの行方、わかったわよ。やっぱりここに来てたんだって。わたしとすれちがいだね。時計見てあわててたみたいだよ」
「助かります、ゆりさん。でもすみませんです。仕事中なのに」
言いそびれないうちに言っておく。
と、ゆりさん、不適な笑みを浮かべて、言う。
「ふっふっふ。いいの、いいの。困ったときはお互いさま。いつかわたしが困ったときには三倍返ししてもらうつもりなんだから」
またそういうことを。
いっつもそんなこと言うけど、一度だってそんな無茶な要求したことないくせに。
「ほんと、そんなときがあったら言ってください」
「あら、嬉しいこと言ってくれる。それじゃそのときは遠慮なく」
「はい。待ってます」
僕がそう答えると、ゆりさんは、ありがと、とやわらかくほほえみ、それじゃ、わたし行くねー、と背を向けかける。
と、そこで思い出す。
「あ、ゆりさん、生徒会の仕事ってまだかかります?」
「ん? んーと、今日はこのプリント配ったらおしまいだけど?」
「それじゃ、みんなでお茶しません? 鈴子さんがもらったクッキーをお茶菓子にお茶会って、そういう流れになると思うんです」
どうせ買い物には行けないし、物語クラブでとくに急いですすめなければならないなにかがあるわけでもない。バザーの出し物しめきりもまだ先だ。それに今日はよりちゃんもいるから、まず確実にお茶会ってパターン。
「雨の日のお茶会だね。でもいいの? わたしまで」
「もちろん。実は、柊、このあいだ珍しい茶葉を手に入れたらしいんですけど、もったいないからって飲ませてくれないんです。でもゆりさんがくるってなれば、柊もふんぱつするだろうし……」
「こら。わたしはダシ?」
「ははは。一七パーセントくらいは」
「もう、具体的な数字で言わないでよ」
ゆりさんはかるく空中でぶつまねをして笑う。
そして、うん、わかった、ってうなづくと、
「それじゃ、あとで顔出すね。部室でいいのかな?」
「あ、いえ。まだしばらく教室にいると思うので、そっちに来てくれます?」
鈴子さん、教室にまだもどってないかもしれないし、よりちゃん、にそれから太一もいるとすれば狭い部室より教室のほうがいいかな、とも思った。
「りょーかい」
そう言って軽く手をふると、プリントを配るために手芸クラブの隣の部室のドアをノックするゆりさん。
お仕事の邪魔になっては悪いので、僕もその場をあとにする。
背を向ける直前、部室に入って行くゆりさんが、もういちど手をふってくれた。
クラブ棟から校舎にもどり、教室に向かう。
ゆりさんが聞いてくれた話だと、鈴子さん時計を見て慌ててたっていうから、たぶんいまさらながらに僕たちを待たせているってことに気がつき、教室にもどったんだと思う。
校舎内はいつもの放課後よりもざわついている。
校庭でクラブ活動が出来ないせいで、運動部の生徒たちが廊下や階段にあふれているからだ。
筋肉トレーニングやってみたり、ランニングしてみたり。スクワットしてたり、なんの練習なのか後ろ向きに走ったりしている体操服姿の生徒たちとかわやわやいて歩きにくいったらないんだけど、なんだかいつもとちょっとちがった廊下の雰囲気がおもしろかったりもする。
廊下や階段、湿気で濡れているから危ないとも思うけど。
まあ、でも。
普段から身体を動かしているぶん、運動部の彼らのほうが不測の事態に対処できる可能性は高いんだろうな。
体育の授業以外ではまるで身体を動かさない僕や柊(ふたごは別だけど)、ましてや鈴子さんなんて、濡れた廊下のかっこうの餌食(?)だ。
いや、ちょっと待った……。
そういえば鈴子さん、たまちゃんにもらったクッキーと手芸部でわけてもらった布で、両手ふさがっているんじゃないの……?
ただでさえ運動能力にかなりの不安要素かかえてる鈴子さんが、荷物を抱えていて、さらに廊下は湿気のせいで滑りやすいときている……。
う……なんかすごく心配になってきた……。
一度不安をおぼえたら、それはもうすぐにでも実現してしまいそうな未来のように思えてきてしまって、僕は滑らないように充分気をつけながらも早足で歩き出す。
クラブ棟方面から教室にむかう場合、よけいな回り道をするつもりがないならルートは一つ。
僕はもちろん回り道などせずに教室にむかい、そしてこの階段を上ればもう到着ってところまでくる。
と、そのときだった。
「あう?」
よく知ってる声が聞こえた。
それも、声どおりになにかしら「あう〜」な事件が起きるときによく聞く声……。
十数年も前から聞き続けている救難信号……。
「鈴子さん!?」
見上げると案の定。
階上の踊り場、手芸クラブでもらったのだろう布の束を身体いっぱいに抱えてふらふらしているのはまぎれもなく鈴子さん。
「無茶だって鈴子さん、そんなにたくさんの量!」
もう! 自分のことぜんぜんわかってないんだからっ!
「あ〜う〜。ひ、ひのきちゃーん!」
僕に気がついた鈴子さんが助けを求めてくる。
「ちょちょっと待って! もう少し耐えて!」
「そ、そんなこと言われてもぉ〜」
階段ぎりぎりのところでいまにも転げ落ちそうになっている鈴子さんのもとに僕はあわててかけつける。
「あ〜う〜」
「鈴子さん!」
二段も三段もすっとばしてかけあがって、僕は傾いて倒れてくる鈴子さんを直前でなんとか受け止める。
でもそのひょうしに――。
「あっ!」
鈴子さんの叫び声とともに、布の束と紙袋が、ぽーんと宙に投げ出される。
「くうっ!」
僕はめいっぱい手を伸ばして(筋肉がピキッとかって音を立てた気がする……)、布の束をてのひらで受け止め、そのうえにさらに紙袋をなんとか着地させる。
「ふう……」
片手に鈴子さん、片手に布束、その上に紙袋っていうアクロバティックな姿勢のまま、僕はためいきをつく。
でも、よかった。
鈴子さんはもちろんだけど、布とクッキー(紙袋は多分クッキーだと思う)、せっかくの好意を無にしないですんでほんとよかった。
はあっともう一度息をつく僕だけど、一方、鈴子さんはというと、そんな僕に、ぱちぱちぱちぱちぱち〜っ、とのんきな拍手。
「ひのきちゃん、すごい〜。大道芸のお兄さんみたいだったよ〜」
がくっ……。力抜けた……。
「あのね、鈴子さん……」
たったいま階段から落ちそうになったのに、すでにいつもどーりのお気楽ご気楽の鈴子さんをともかく踊り場に押し上げ、それから軽くにらみつける。
「こんなにいっぱい荷物持ったら危ないでしょ!」
僕としてはけっこうきつめに言ってるつもりなんだけど、でも鈴子さん。
「うん。落っこちそうだった。ひのきちゃんのおかげで助かったよぉ」
この調子だもんなぁ。
危なかった、ってことはどうやら素直に認めているけど、ありがとーひのきちゃん、なんて屈託なく笑っていて、危ない目にあったことに関して反省してる様子はないみたい。
「……あのね、鈴子さん」
僕はもう一度あらためて切り出す。
「なあに、ひのきちゃん」
「俺はね、怒ってるの」
「?」
どうして? って疑問顔の鈴子さん。
こういう顔してるとき、とぼけてるんじゃなくて、ほんとにわかっていないんだ、このひとは。
しょうがないから、一から説明することにする。
たまちゃんには怒るなって言われたけど、これは別問題。
しっかり言い聞かせないと。
「だからね……鈴子さん、この荷物持ってくるの、大変じゃなかった?」
「うん。大変だったよ。さすがのわたしもピンチだったもの」
鈴子さんのどこにさすが≠ェかかってくるのか不明なところだけど、話が進まないのでそこは流すとして。
「そうでしょ? だったらどうして、俺たちに言わないの」
「え? だってひのきちゃんたちいなかったもの」
不思議そうな顔をして首をかしげる鈴子さん。
いなかったのにどうやって言うの? なんて感じ。
「呼びにくればいいでしょ」
「でもね。わたし、なんとか運べるなって思ったの」
わたし、けっこう力あるからね、なんて、ありもしない力こぶをつくってみせる鈴子さん。
そんな鈴子さんを僕はさらにぐっとにらむ。
「なんとか運べなかったでしょっ」
「ここまでは、ちゃんと運べたんだよ」
「でも、教室まで持たなかったでしょっ!」
「ううっ。なんかひのきちゃん怒ってるみたいだよ」
さすがに空気を読み取ったらしい鈴子さんは、すねたような顔をする。
「だから、俺は怒ってるのっ! 雨が降って、廊下滑りやすくなってるでしょ? そんなときに荷物抱えて歩いたら危ないでしょ。それでなくたって鈴子さんは普段から注意力足りないんだからっ。ドジっ子なんだから!」
「む〜。それはひどいよ、ひのきちゃん」
ぷく〜っと頬をふくらまして鈴子さんは抗議する。
でも僕はさらに続ける。
「ぜんぜんひどくない。ほんとのことだもん。鈴子さんはぜんぜん自分のことわかってない。さっきは間に合ったからいいけど、もし階段から落ちたら大怪我してるところなんだよっ?」
「む〜」
ますますふくれるすずこさん。
「む〜、じゃない。危ないでしょ。心配かけないのっ!」
「う〜」
くちをとがらしてすねる鈴子さんと、それをにらみつける僕。ちっちゃなだだっ子をたしなめているような気分。
と、そんな僕たちにあきれたような声がかけられる。
「はいはい。姉弟喧嘩はそこまで」
姉弟、なんていう嫌味とともに階上に姿を現したのはもちろん柊だった。
鈴子さん捜索、僕に押しつけたはいいけど、なかなか帰ってこないから気になって出てきたんだと思う。
柊は腰に手をあてて階上から見下ろし、やれやれって調子で言う。
「こんなところでなにやってんの。あんたたちは」
それに対して僕たち。
「「だって、(鈴子さん)(ひのきちゃん)が!」」
ハモってしまい、思わず顔を見合わせてしまう。
それを聞いてぷっとふきだす柊。
「さすが姉弟。息ぴったりじゃない」
うぅ〜。
柊の前で不覚……。
僕たちは柊に、にらみあいに到った経緯を話しながら教室に向かう。
柊は言う。
「まあ、ともかくさ。終わりよければすべてよし、じゃないの? 鈴がふらふらしたおかげで、たまちゃん特製のクッキー手にはいって、模様替え用の布も無料でもらえたわけだから。で、例によってひのきは鈴のフォローをして、万事いつもどおり。オールオッケー」
「お〜るおっけ〜♪」
すでに僕からのお叱りという難を逃れたと思っているらしい鈴子さんは、楽しそうに柊の言葉を復唱する。
僕は、がうっと鈴子さんをにらみつけてから、柊に向き直る。
「なにがオールオッケーだよ。俺がじゃんけんでたまたま負けたからうまくいったんじゃんか」
もしあのとき太一が負けていたら、よりちゃんと面識のない太一は昇降口からさきの足取りをつかめなかったし、小梅や小雪だったら、たまちゃんのところでつまみ食いして時間つぶしてたかもしれない。それは柊だって同じ。柊ってゆりさんのこと尊敬してるってところがあるから、いまごろまだプリント配りの手伝いでクラブ棟を歩き回っていたかもしれない。
もし僕が負けてなかったら鈴子さん、階段から落ちてたかもしれないし、落ちないまでも布やクッキーはだいなしになっていたと思う。
僕がそう言うと、柊がなにやら言いにくそうにくちをひらく。
「……まあ、たしかめたわけじゃないんだけどね」
「なにが?」
「ちょっともったいないんだけどな……」
「だからなにが?」
なにやら隠しているそぶりの柊を問いつめる。
「実はわたしさ、ひのきがじゃんけんで最初になに出すか、知ってるんだよね」
「……」
……なんですと?
「あんたね、最初は必ず、パーを出すの」
「……マジ?」
「マジ。だからもったいなって」
教えなきゃ、これからもずっと使えたんだけどね〜と柊。
「ちなみに、鈴、あんたもパーよ」
「あはは。ひのきちゃん、おそろいだね」
なんの意味があるのか、僕にてのひらをひらひらとふって、楽しそうに笑う鈴子さん。
そんなのおそろいだって、ぜんぜんうれしくない。
でも、そうすると。
「……小梅と小雪も僕の出す手、知ってたってこと?」
頭のなかに、ぺろっと舌を出している小悪魔たちの姿がうかぶ。
「さあ? でも太一もあのとき、チョキ出してたよね。ひのきだけパーで、あとはみんなチョキ」
なにも考えずにじゃんけんをするとき、たいていの人はパーかグーを出すって話をきいたことがある。
なのにあの場では、僕以外の人間がみんなチョキを出していたわけで。
「……ハメたってこと?」
「だから、たしかめたわけじゃないんだって。……まあ、目配せ、みたいなものが駆け巡った気がしないでもないんだけど、あれはきっと気のせいだし」
気のせいのわけないだろーが!
「まったく。油断も隙もない」
なにが、「正義は勝つ!」だよ。おもいっきり悪じゃんか。
「まあ、鈴を捜すには、ひのきが一番かな、ってさ」
勝手なこと言って。
「まあまあ。お〜るおっけ〜だったんだから、よかったよ」
ぽんぽん、なんて肩をたたき、なぐさめているつもりのひとごと鈴子さん。
あのね……。
「そもそも鈴子さんが何も言わないでふらふら出て行っちゃったのが、原因なんでしょーが」
ちゃんと行き先言っていけば、捜しに行くこともなかったわけだし。
鈴子さん、少しあせった顔になって言う。
「でもね。ちがうの。わたし、最初は昇降口に雨の様子を見に行っただけなの」
「で、たまちゃんにお菓子あげるよ、って言われて、喜んでついてっちゃったと」
「うぅっ……そうなんだけどぉ」
「子供じゃないんだから」
「あう」
うなだれる鈴子さん。
たまちゃんに怒るなって言われてるし、クッキー、みんなと食べたくてもらいに行ってくれたのはわかっているから、これ以上は責めないけど。
ひのき、姉弟どころか鈴の親みたいだよ、なんて笑ってる柊をこれ以上楽しませるのもしゃくだし。
なんとなくしゃくぜんとしない気持ちで廊下を歩いていくと、僕たちの教室のあたりから、ひょこっと見慣れた顔がふたつ出てくる。
「あ。ひーちゃんたち帰ってきたよー」
「鈴ちんもいっしょー」
こちらにぶんぶんと手を振る小梅と小雪。ふたごの小悪魔。僕をハメたことなんてとっくに忘れているっぽい。
「お帰りなさい」
後ろからよりちゃんも顔を出してほほえむ。こっちは天使のほほえみ。
「やーっと帰ってきたか」
三悪トリオの最後の一人、太一もいた。
「う〜」
まったく。あいつらは……。
「なに唸ってんの」
柊につっこまれる。
と、その瞬間に思い出したのか、そうそう、と手を打つ柊。
「あのさ、今日はもうどうせ買い物にはいけないし、よりちゃんもいることだし教室でお茶会にしようか、なんて話してたんだけど、どう?」
俺もいるぞ〜、とか言ってる太一を無視しながら話す柊。
やっぱり、予想した通りだった。
ま、いつものパターンだから勘が働いたのだけど。
「そう思って、ゆりさんも呼んどいた」
僕が言うと、柊も鈴子さんもうれしそうな顔をする。
「よりちゃんとゆりさん、みんなでお茶会するの、ひさしぶりだね〜」
「ひのき、気がきくじゃない」
まあね。
ちょっと得意げ。
「よし。それじゃふんぱつして、秘蔵の茶葉、サービスするかな」
やった。これも予想通り!
紅茶をいれるのは柊の趣味なんだけど、これは正直脱帽ものなのだ。
なんで? どうして? 同じ茶葉なのに! って僕なんかがいれたものとは愕然とするくらいはっきりちがうおいしさ。
そのうえ今日は秘蔵の茶葉!
しかもお茶請けにはたまちゃん特製クッキー!
降り続ける雨も、BGMとして聴くならとっても心地いい。
布代ぶん、お小遣いも浮きそう、なんていう良いこともあるし。
今日はお客さんまでもいる雨の日のお茶会。
なんだか楽しくなってきてしまってテンションあがってきてしまって。
……顔、ほころんでるかも。
「ひのきちゃん?」
鈴子さんが僕の顔を覗き込んでくる。
「ん?」
「お〜るおっけ〜?」
まあ。
鈴子さんには注意力がもっと必要だなっていうのはかわらない考えだけど。
今日のところは、みんな鈴子さんのふらふらのおかげなのかな?
そう考えると――。
「……まあ、オールオッケーかな」
「うん! お〜るおっけ〜! だね」
満面笑顔で、なにやらVサインの鈴子さんにつられて、おもわずほほえんでしまう雨の日の僕なのであった。
(雨の日のすごし方・終)
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