四の森学園物語
(3) つりにいこう
「ね、トビウオはいないの? トビウオ釣りたいな、小梅」
「あほ。そんな魚は海にしかいないっつの」
「そうなの? でもここから海ってすぐだよ? だからいるんじゃない?」
「いないっつーの」
「「なんでよぉ」」
「お前ら、ほんと四の森の不思議のことしか知らねーのな。いいか? 魚には淡水魚と海水魚ってのがいるんだよ。淡水魚ってのは、川とか湖にいる魚な。これから俺たちが釣りに行くニジマスは淡水魚。それから海、つまり塩水のなかにいるのが海水魚。カワハギとかメバルとかだな。トビウオも海水魚」
「じゃあ、海行けばトビウオ釣れる?」
「釣れねーよ」
「どうしてよぉ」
「たー坊、いま、トビウオは海の魚って言ったじゃない」
「たー坊って言うな。あのな、トビウオってのは船に乗って沖まで出ないといないの。浅瀬で跳ねてたら怖いって」
「でもさ、七日川のそばを散歩してると、よく魚跳ねてるよ? あれってトビウオが川に迷い込んだんじゃないの?」
「だーかーら、海の魚は川には住まないの。例外もあるけど、少なくともトビウオは海にしかいない」
「でも小雪、ほんとに魚が跳ねてるの見たことあるもん」
「一回や二回じゃないんだから。しょっちゅうだよ」
「それは普通の魚。トビウオじゃなくても、夕方とか朝方にな、餌を探しに水面に近づいてきて、跳ねるの」
「ふーん。魚なのに変なの」
「変じゃない。だいたいトビウオと普通の魚ってのは、あきらかに見た目ちがうだろ」
「「そうなの?」」
「なに、お前らトビウオの形も知らないで話してたわけ?」
「うん。そうだよ?」
「なんか、かっこいいなって」
「ったく。あのな、トビウオってのは羽が生えてるんだよ」
「うっそだぁ? 魚に羽なんて生えてるわけないじゃーん」
「たー坊、それつまんなーい」
「ギャグじゃないっつーの。ほんとだって。トビウオには羽生えてんの。な、ひのき?」
話には加わらず、太一に借りた釣りの本に目を落としながら三人の後ろを歩いていた僕に話がふられる。
顔をあげててきとうなことを言ってみる。
「そうそう。けっこう羽でかいんだよね。広げると二メートルくらいあるんだっけ?」
「「ええーっ! ほんとぉ?」」
目をまんまるに見開いて驚くふたご。
太一は、ぺしっ、っと僕のおでこをはたき、
「ウソウソ。ひのき、お前なぁ、マジメな顔してそういうこと言うと、こいつら信じるだろうが」
と、苦笑する。
「「えーっ、ウソなの?」」
目をぱちくりさせ、きょとんとした表情で訊いてくる小梅と小雪。
僕はふたりに、べ、と舌を出してみせ、答える。
「うん。ウソ」
とたん、ふたごは、む〜っ、とくちをとがらせ、僕をにらみつけてくる。
「ひーちゃん! 許せん!」
「天誅!」
怒りの小梅と小雪は、そう叫んだかと思うと、えいっ、えいっ、っと体当たりしてくる。
「わっ! やめろって!」
小梅も小雪も小柄なのでたいした威力はないんだけど、一人がアタックしたあとにタイミングよく二人目が来るので、実はこれ、なかなかあなどれない攻撃技だったりするのだ。
「落ちる、落ちるっ!」
僕たちはいま、七日川に沿って歩いている。柵もなにもない獣道みたいなところだから、足踏み外したら、もろに水のなか。もっとも、川面まではほんの数一〇センチ、深くても膝丈くらいの水深しかないのだけど、やはり落ちれば靴やズボンは濡れる。
「あっぶないなぁ」
僕はなんとか岸辺に踏みとどまって、ほっと胸をなでおろす。
もし落ちてもとくべつ危なくもないもんだから、容赦のない攻撃だった。
「バツだよー」
「因果応報なのだ」
腰に手をあて、うんうんと満足そうにうなずくふたご。
と、今度はくるりと太一のほうにふりかえる。
「たー坊も天誅!」
「へ? なんで俺まで? って、羽があるのはほんとだって!」
「まだ言うか」
がう、とにらみつけるがはやいか、ふたごは太一につっこんでいく。
どかっ、どかっ。
「マジだって! マジ! うおっ! やめれ〜!」
片手に四人分の釣り竿、もう片手に道具箱をぶらさげた太一(ジャンケンで負けて荷物持ち)は、あっけなくバランス崩して、思わず片足を川のなかに。ばちゃん、と水が跳ねる。
「あや〜」
「落ちちゃった〜」
「……お〜ま〜え〜らぁ〜」
ずぶずぶになったかたっぽの足を川から引き抜き、恨みがましい声でふたごを威嚇する太一。ふたごはさすがに、やっちゃった、って舌を出してるけど、反省してる様子はない。
それでも、いちおう、ごめーんってあやまり、
「でも、嘘つくたー坊が悪いんだよ」
「そうだよぉ。魚に羽がついてるなんて言って」
太一はくるっと僕をふりむき、非難がましい視線を向けてくる。
「ひのき……お前がバカなこと言うから」
「あはははは……」
笑ってごまかしといた。
よく晴れた土曜日の午後である。
僕とふたご、それから、自ら釣りばか≠名乗るクラスメートの樋上太一(の四人で、七日川の上流にある小さな湖に釣りに行くことになった。
釣りをするのは、僕もふたごも二回目。一回目は今年の夏休みだった。柊や鈴子さんとともに出かけた高原の、やっぱり小さな湖での挑戦。結果は惨敗。あたりのひとつもなかった。誰も釣りの経験がなかったので、とぼしい知識集めてなんとなくこんな感じかな〜ってな具合に針と糸をつけ、餌を撒いて魚がかかるのを待ったのだけど、僕たちの釣り、どうやらでたらめだったらしい。新学期が始まって太一に訊いてみたら、お前らアホだなって返ってきた。
だって、小梅と小雪が訳知り顔でいろいろ言うもんだから……。
あ〜! ひーちゃん、ずるい。
ひとのせいにしてるぅ。
どかっ、どかっ!
わわっ!
なんてやりとりもあったけど、ともかく、今回はそのときの惨敗のリベンジなのだった。
ただ今回、柊と鈴子さんは不参加。二人は美浜町(に、今日が最終日の書画展を観に行っている。学校の選択授業の書道を受けているうちに興味が出たのだとか(ちなみに僕、ふたご、大介は美術選択。太一は音楽)。書画展、僕たちも誘われてはいたんだけど、浮世絵、錦絵くらいならともかく、書画までくると僕には渋すぎてよくわからない。ふたごも、地味すぎて退屈しそう、ってことで僕と太一とともに釣り。大介は部活。
でも鈴子さんたちともまた釣りにくることにはなると思う。
もし釣れちゃっても、わたし魚触りたくないのよね、ぬめぬめしてるんでしょう? なんてこと言ってた柊はともかく、鈴子さんは、お魚の塩焼きを好きなときに好きなだけ食べられるのはしあわせなことね、あゆが大好きなの、なんてやる気充分だったから。
僕たちは七日川に流れ込んでいるさらに小さな川をのぼって、こじんまりとした湖に着く。サッカーコート半分くらいの大きさかな。樹木に縁を覆われた涼しげな湖。ときおり吹くやわらかな風で、湖面にさざなみがさーっと走る。太一いわく、地元の人間さえ知らない超穴場の釣りスポットらしいんだけど、釣りとは関係なくてもとても気持ちのいい場所。空気はおいしいし、水も綺麗。鏡のような湖面には緑の木々が映り、木立のあいだからは鳥のさえずりが聞こえてきて耳をたのしませる。
こういう場所は鈴子さんが大好きだ。さぞかし乙女チックな名前をこの湖につけてくれるにちがいない。やっぱり今度ピクニックがてらにつれてきてあげようと思う。
湖の岸辺、やわらかな草のうえに腰を下ろし、僕たちは太一から釣りの手ほどきを受ける。
「いいか。これ、ワームっていうんだけどな、この先端から針をこういれて……」
「こう?」
「いや、うしろの部分から針を出すから、針を通す前にだいたいの位置の目安をつけとくんだよ。これだと……だいたいこんな感じ」
器用に指先を動かして、ゴム製のミミズみたいなワームとやらに針を仕掛けていく太一。
僕は言われたとおりにワームに針を仕掛けていくけど、いまにも針先が指に刺さりそうで手元がおぼつかない。
ふたごはというとそれ以前の問題で、
「これ、ぜんぜんおいしそうじゃないよ」
「ほんとにこんなの食べるのぉ? ゴムくさーい」
なんてことを言いながら、手に持ったワームをぷるぷる揺らしたり臭いをかいだりしている。
ためいきをついて太一は言う。
「ったくやかましいやっちゃな、お前らは。あのな、これはエサっていうか、オトリみたいなもん。糸でぴくぴく引っぱって、虫っぽくみせるんだよ。そうすると食いついてくるだろ? エサじゃないってわかったときにはもう、この針がかかってるってわけ」
「「なーるーほーどー」」
「……ったく、いいから貸してみ。お前らのは俺がやったる」
「「さんきゅー、たー坊」」
「だから、たー坊言うな」
太一は、くわっ、と目をむいてみせるけど、そんなのはもちろんふたごを喜ばせるだけだ。
ちなみにたー坊≠チていうのは、太一の幼名みたいなもの。学園祭に来てた親御さんたちが太一のことをそう呼ぶものだから、一部で定着してしまった。太一は嫌がってるけど、なんか呼びやすいというか、本人嫌がると余計呼びたくなるというか。不用意に家族と学園生活に接点を持たせるものじゃないな、ってそのとき深く心に刻んだものだった。
太一の手伝いもあって、それぞれの釣り竿の用意ができると、僕たちは思い思いの場所に散って、釣り竿を振った。
太一に教えてもらったとおりに、留め金を移動させて、糸を指にひっかけて……投げる。
投げたら留め金をまた移動させて、くるくるリールを回して糸をひっぱってくる……。
投げて引っぱって。
投げて引っぱって。
……五回ほどやって、飽きた。
なんか、単調すぎ……。
ポイントを探して歩きまわって、竿をふって、糸を巻くときは強弱をつけ、あたりがなければエサを変えたり錘をつけたり、と釣りはけっこう忙しいスポーツなんだと太一は言う。
魚がかかるのを待つのではなく、魚のいる場所を予想して、自らおもむく。
そうしないと釣れない。
釣りはけっして「ホビー」ではなく、活発な「スポーツ」なのだ、と太一は主張する。
でもそうは言うものの、魚のポイントは見当つかない、餌のどんな動きが魚の食欲をそそるのかだってわからないって状態じゃあ、素人にはやっぱりただの退屈な単純作業にしか思えない。太一にひととおりコツを教えてはもらったけど、理屈はわかっても感覚的にわからないというか。
一所懸命教えてくれている太一にもうしわけないので、いちおう熱中しているふりをして竿は振るけれども、うーむ、って感じ。
でも、ふたごは正直だ。
「ねーね。蚊針ってないの? 蚊針」
「銀の博士とジャックスコット、ないの?」
「なんだそれ」
「帽子ピンにするの」
ふたりはさっさと竿を放り出し、太一の道具箱をがさがさ引っ掻きまわしている。
「あ、これちょっとかわいい」
「えー? どれー?」
「って、こら! お前らぐしゃぐしゃにするなよなっ!」
おこちゃまふたりのお守り、ご苦労さま、太一。
と、太一の受難を笑って見てた僕の竿の糸巻きリールの動きが、急に重くなる。
くっと竿を引っ張ると、ぐっとしなる。
も、もしかして!
「た、太一! きたかも」
僕は竿を握る指に力をこめ、水面をにらみつけながら太一を呼ぶ。
「おっ、やるじゃん! ひのき」
「なになに〜?」
「ひーちゃん、魚?」
三人がすぐに駆けつけてくる。
僕は竿をくいっくいっとたまに左右にゆらしながら(そうやって魚の体力を消耗させるのだって聞いたことがあった)、あせる気持ちを抑えてゆっくりと慎重に糸を巻き(糸が切れて逃げられる、なんてオチ、テレビとかでよく見るし)、じょじょに獲物を引き寄せる。
ってこれけっこう手ごたえあるけど、もしかして大物?
太一も、
「ん? これは……」
なんてつぶやいてるし。
「もうちょっとだよ、ひーちゃん!」
「がんばるのだぁ!」
ふたごのやいのやいのの声援のなか、僕はリールを巻きつづける。
水面につーっと伝う糸のさきが少しずつ少しずつ近づいてきて――。
「うりゃっ!」
僕のかけ声とともに、ざばざばざば〜っと獲物が空中に釣り上げられる。
――って、ざばざばざば〜っ?
「やっぱりな」
太一が、さもありなん、といった調子に、うんうん、とうなずいている。
「きゃはははは。ひーちゃん、お約束〜!」
「さっすが! やってくれるぅ〜!」
ふたごのとっても嬉しそうな笑い声。
釣り糸のさき――。
僕が生まれてはじめて釣り上げた獲物は、なかなか立派な枝ぶりの木の枝なのだった。
……でも、魚じゃなかったけど、お約束っていうのも笑えてちょっと嬉しかったりもする。
「「よし」」
岸辺に釣り上げられた木の枝から顔をあげ、ふたごが決意に満ちた視線を湖に向ける。
「小梅も釣る!」
「小雪も!」
もう一度木の枝に目をやったふたごは、
「「ひーちゃん、負けないよ!」」
と言い残し、投げ出してあった自分の竿のもとへ決然とした足取りで去っていく。
そのやる気満々の背中に叫ぶ男、太一。
「って、なにを釣る気だ! なにをっ!」
それからしばらくのあいだ、ふたごは太一の懸念どおりに木の枝を釣り上げるのに熱中。いるのかいないのかわからない魚を狙うよりも、わかりやすい標的をいかにゲットするかのほうがおもしろいらしい。気持ちはよくわかる。
しかしふたごの遊びはどんどんエスカレートして、そのうちどう考えても釣り上げるのは無理だろって大きさの枝にまで挑戦しだすものだから、ぶちぶち糸が切れるわ、針はなくすわで、しまいには太一から枝釣り禁止令、発令。
ふたごは、たー坊横暴〜! たー坊横暴〜!なんて韻を踏んだりしてぶーぶー言ってたけど、そりゃそーだ。
午後三時過ぎ。
おやつはショートブレッド二本ずつと、ポットにつめてきたホットコーヒー。ショートブレッドはふたごの手作り。
太一は、
「やっぱり女の子だなぁ。やっぱ手作りだよなぁ」
とかって感動しているけど、ふたごに限らず女の子がお菓子作りを好きなのは、たんに食い意地がはってるからだと思う。僕たちと一緒で。なんてことを言うと取り上げられてしまうのでくちにはしないけど。
「ちょっと粉っぽいかな?」
「いや。梅雪にしては上出来」
「む〜、なんだとぉ」
でもほんとにコーヒーとあってすごくおいしかったのだった。
岸辺に並んで座り、僕たちはショートブレッドをもぐもぐくちにしながら湖を眺める。
湖水は午後の日差しを受け、ゆれる波間に反射してキラキラと輝いている。
なんとなーくぼんやーりとみんな無口になってると、しばらくして小雪がくちをひらく。
「そういえばネッシーってさ」
瞬間、がくっときた。太一なんてただでさえ崩れやすいショートブレッドを強く握りすぎて、あやうく半分地面に落とすところだった。
僕たちのそんなリアクションに不思議そうな顔を小雪は向けるけど、なんでもないなんでもないって手をふると、話をつづける。
「ネッシーってさ。見つけたひとの冗談だったんだよね」
「えっ? ウソっ!」
おおげさに反応したのは太一だった。
その反応に今度は僕がショートブレッドを落としそうになってしまった。
「なに? 太一ってそういうネタ、好きだったの?」
「おう。恐竜、好きなんだよ、俺。でもマジで? マジで?」
太一は僕、小梅、小雪を驚き顔で見まわして問いかけてくる。
「たしか、ネッシーの写真を撮った人が、亡くなる寸前に、あれはおもちゃの潜水艦だったって告白したんだよね」
そんな話だったよな、って思い出しながら僕は答える。大きな報道ではなかったけど、テレビや新聞でもけっこう取り上げられてたと思う。
「おもちゃの潜水艦? ……いや、ひのきはてきとうなこと言うから信用できない。で? マジなの?」
太一はちらっと僕を横目で見て、ふたごに向き直る。
トビウオの件、まだ根に持ってるらしかった。意外としつこい。
小雪は太一にうなずく。
「ほんとだよ。ね、梅ちゃん」
「うん。冗談のつもりで撮った写真が世界的な特ダネになっちゃったんで、ほんとのこと言えなくなったんだって」
太一ははじめて知った真実に、少なからず衝撃を受けているみたいだった。でも、冗談だったって聞いて、がっかりしたって様子はなく、むしろ感心しているって感じ。
「ふーん。そうだったのかぁ。俺、子供のころ、けっこう信じてたんだよなぁ。恐竜の生き残りが一頭くらいいてもいいのにって思ってさ。ほら、ネス湖の底と海がトンネルでつながってて行き来できるからいままで発見されなかったんだ、とかあったじゃん」
「あったあった」
僕も思い出す。
「魚群探知機にネッシーの影が映ったとか、ネッシーの子供を捕獲したら、謎の組織が連れ去ってしまったとか、けっこういろいろあったよね」
それからしばらく、僕たちはネッシーやら雪男やら、こどものころに読んだり聞いたりした未知の生物を話題にもりあがったのだけど、ふと思い出して小雪に訊く。
「でも、なんでとつぜんネッシーだったの?」
かなりとうとつな話題だったと思うんだけど。
小雪は答える。
「うん。ネッシーはいなかったかもしれないけど、ここにはいるかもしれないなぁって思ったの」
「「は?」」
僕と太一が思わずハモる。
「だーかーらー。この湖って四の森の近くにあるからぁ」
あ、なるほど。不思議なことがちょくちょく起きる四の森の近くだったら謎生物がいてもおかしくないんじゃないかってことか。
「でも、さすがにネッシーはないと思うけど」
「四の森だから、シッシーだよね」
「いや、そうじゃなくて」
小梅がまじめくさって返してくるものだから、また、がくっときてしまった。
なんとか気を取り直してつづける。
「こんな小さな湖に巨大生物は住めないでしょ、ってこと」
僕たちは、ひとめで見渡せてしまう湖に視線をやる。
たしか、イギリス最大の湖のネス湖でさえ、そんな巨大生物が住めるかどうか、って話だったんだから。
「やっぱりダメかぁ」
小雪はそれほど残念そうでもなく、にゃはははって笑い、それからつけたす。
「でもさ、未知の生物はいるかもね。カッパとか」
「いないって」
そう言い切りながらもなんとなく不安になって(カッパはネッシーよりよっぽどリアルだ……)、うしろとかふりかえったりしていると、
「おっ。なんかかってるか?」
と、太一が声をあげて、ウキつけて釣り糸を垂らしておいた竿のもとへと走っていく。
「シッシーだ!」
「ちがうって」
「じゃあ、カッパ?」
はしゃぐふたごにつられて、僕も太一のもとに走る。
太一は竿を手にとり、一二度、クックッと引いてみてる。
「太一、どう?」
「まだわかんないけど、これはたぶん――」
太一が言い切らないうちに小梅が言葉を重ねる。
「油断しちゃダメだよ、たー坊! 未知の生物かもしれないんだから!」
「そうだよ。普通の魚を相手にしてると思っちゃダメだよ! 常識なんて通用しないんだよ!」
「お、おう。そうだよな。ここは四の森だもんな!」
乗せられてる、乗せられてるよ、太一……。
乗せられてるとは思うけど、でも釣り糸張って、竿がしなって、すっごい大物がかかってるようにも見える……。
……そうなんだよな、ここって四の森なんだよな……四の森……。
「よしっ! 太一いけえ!」
「よっしゃあ!」
太一が歯を食いしばる。
水面からのびた糸がビン! と張り、ググッと折れそうなくらいに竿がしなる。
糸巻きリールからもギリッギリッてきしむ音が聞こえてくる。
「ぬおおっ〜」
太一が左右に身体をふるたびに、ミシッミシッと竿が悲鳴をあげる。
「「たー坊、がんばれ〜!」」
ふたごの声援に応えるヒマもなく、太一は全神経を水面に集中する。
その水面下からは、なにやら大きな陰影が浮上してきている?
「な、なんか、すっごくでかい!」
「ほんとだぁ!」
「太一、すっごいのきてるぞ!」
「うぬぬぬ〜」
もう、獲物はすぐ足元。
あとはタイミング!
太一は足場を確かめると、全身に力を込める。
そして――。
「どおりゃああああ〜〜」
と、渾身の力をこめた雄叫びと森の静寂をかきみだすざぶざぶざぶーっ! という盛大な水音とともに――!
それはそれは巨大な木の枝を釣り上げたのだった。
文句なしに、今日のナンバー1。
「……いや、まあ、はじめ竿を握ったときにそうじゃないかとは思ったんだけどさ」
太一は、ついふたごのノリに巻き込まれてしまった自分に、少々落ち込んでいるようだった。
「ううん。やっぱり、たー坊すごいよ! 釣りばか≠名乗るだけはあったよ!」
「小雪たちじゃ、あんなおっきな枝は釣れないもんね!」
嫌味じゃなく、ふたごは心底感動しているみたいだけど。
「ぜんぜん、嬉しくねーよ」
だろうね。
ふたごとちがって、太一は魚、少なくとも生き物を釣るつもりだったのだろうから……。
僕もいちおう、フォローというか、訊いてみる。
「魚拓……木拓、とっとく?」
「いらねーよ!」
だよね。
それから僕たちは日が暮れる直前まで竿をふった。
太一が言っていたとおり、夕方になると魚が水面で跳ねだして、それはもちろんトビウオではなかったのだけど、やっぱり目に見えるっていうのはいいもので、けっきょく、ニジマスとかヤマメとか、太一が四匹、小雪が二匹、僕と小梅が一匹ずつと、終わってみればなかなかの戦績をあげることができたのだった。
後刻、櫻荘。
「塩焼きさん♪ 塩焼きさん♪ お魚さんーの塩焼きさん♪ ひーのきちゃん、お魚さんは?」
「え? 魚? 全部逃がしちゃったけど? ……って、ああ! 泣かないで鈴子ねえちゃん! いじわるしたわけじゃないんだからぁ〜!」
(つりにいこう・終)
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