四の森学園物語


(2) たんざくをながしてみよう



 みんなの願いを書いたたんざくを七日川(なぬかがわ)に流そう、なんてことを言い出したのはもちろん小梅(こうめ)小雪(こゆき)のふたごだった。七日川というのは、僕たちの住む学園付属の寄宿舎・櫻荘(さくらそう)から歩いて数分のところにある、澄んだ流れの小さい川のこと。ふたりによると、七日川に流したたんざくが海に辿り着くと願い事がかなう、という言い伝えがこの地方にはあるらしいのだ。
 例によって(ひいらぎ)はあまり乗り気じゃなかった。
 いわずもがなのことを言うけど、と前置きして、おとぎばなしなんかに頼って時間を無駄にするなら、願望実現のために勉強でも運動でもしたほうがましってものなんじゃないの? それにたんざくをつけた笹の葉を流すって、つまりは川にゴミを投げ捨てるのと同じことなのよ?
 川にゴミって言われて、少しボルテージの下がったふたごだったけど、そこで鈴子(すずこ)さんがいつもの一言。
 (まり)ちゃん、またそういう夢のないこと、言わないの。
 たんざくは拾えば良いじゃない? だって海に辿り着けばいいのでしょう? 海、近いんだし、わたしたちでたんざくを流して、海に辿り着くのを見届けて、拾って帰ってくれば。
 そしてちょっとお姉さんぶった口調で続ける。
 それにね、いい? 毬ちゃん。いまはくだらない、めんどくさいって思っても、数年たったらきっと良い思い出よ? 若いときはなんでも経験しておくの。一生の思い出になるんだから。
 さらにくどくどと年寄りじみた説教を続けようとする鈴子さんに、毬ちゃんこと柊毬絵は降参し、僕と大介(だいすけ)は意見をはさむまもなく当然のように協力を要請(強制)され、寄宿舎生の各部屋をたんざく用の折紙を持って駆けずり回ることになった。
 評判は上々。みんなはじめは、いまさら星に願いをって歳でもあるまい? といったあきれ顔をしたのだけど、そこはお祭り騒ぎ大好き連中の集まっている櫻荘のこと。なんだかんだいいながら、七月七日の夕方には、たんざく持ちよりの軽いガーデンパーティの趣になって、ひともりあがりしたのだった。
 そしてにわかパーティのあと、ちゃんと門限までには帰ってきなさいよ、気をつけて、っていう舎長のゆりさんの言葉に送られて、僕、ふたご、鈴子さん、大介、柊の六人で、舎生たちの願いの重みでたわんだ笹の葉を手に、七日川に向かった。


 初夏の夕暮れ。日はうすくかげりだしているけど、まだまだ明るい。
 僕たちはたんざくを川に落とし、その流れを追って木立を歩き出す。頬を軽く撫でて吹きすぎていく風が涼しい。
 七日川はこのまま森のなかを流れて海に辿り着く。森には川に沿ってほとんどけものみちのようだけど踏み固められた小道があって、僕たちはそのしっとりと黒い地面を左岸と右岸に分かれて歩く。比較的歩きやすい左岸を鈴子さん、柊、ふたご。右岸を僕と大介。両岸に分かれたのは、流れの途中で笹の葉がひっかかってしまったときのため。どちらか近いほうの岸から笹の葉に手助けをするのだ。
 手助け? そこまでして願いをかなえてもらうのって、意地汚くない? なんて柊は言ったけど、ま、ものごとが見方によって良くも悪くもなるのは世の常なのだ。

 ささのはさらさら
 のきばにゆれる
 おほしさまきらきら
 きんぎんすなご

 ごしきのたんざく
 わたしがかいた
 おほしさまきらきら
 そらからみてる

 上機嫌にくちずさむふたごにつられ、僕たちはいつしかハミングしながら歩く。川の流れはちょうど僕たちが苦もなく歩くことのできる速度で、その流れにのって、笹の葉も静かに海に向かっていく。
 やがて鈴子さんが、ねぇ、みんなはどんな願いを書いたの? って言い出して、たんざくの話になった。
 今回、僕たちは一番目の願いは書いていない。どうせみんな照れて一番の願い事なんか書かないよ。そう思った僕たちは、二番目の願いをみんなに書いてもらうことにしたのだ。
 柊が僕に言う。
「実はさ、ひのきのたんざく、わたし見ちゃったんだよね。あんたさ、中学生じゃないんだから、世界征服、はやめなさいよ」
「うるさいなぁ、思いつかなかったんだって」
「はあっ、物語クラブの一員として恥ずかしいわぁ」
「そういう柊だって変わらないだろ? なんだよ素敵な彼氏って」
 僕の切り返しに対する柊の説明はこうだ。だってさ、素敵な彼氏、なんてのを自力で見つけるのなんてえらく手間じゃない? だったら自分を磨いて、あとは運頼み。
「努力してるんだかちゃっかりしているんだかわかんないよ、それ」
「まあね。大介の願い事は?」
 僕の横、運動部で鍛えた大きな身体に虫取り網をかつぎ、えらく苦労しながら狭い小道を歩いている大介に、柊が話をふる。
「俺? いや、俺のことはいいんだって」
 妙に口ごもって答える大介。
「どーせ、ひのきとたいしてちがいないんでしょ? まったく類友ね、あんたたち」
 柊、言葉が辛辣すぎ。でも柊の予想どおりなのだ。大介が書いたたんざく、僕は見ている。世界が平和でありますように。ただ僕とちがうのは、これがマジな願いだってこと。普段から口数多くないし、ちょっとぶっきらぼうな言葉使いになることもあるけど、大介ってこういうやつ。根が善人。きっと一番目の願い事だって、櫻荘のみんなが幸せでありますように、なんてものだと思うのだ。育ちの良さなのかな。実はいいとこのおぼっちゃまなのだ、大介は。
「小梅と小雪は?」
 僕たちの先頭を跳ねるように歩いているふたごに訊いてみる。
 しかし、ふりむいたふたごはそろっていたずらっぽい笑みを浮かべて、
「うーん、内緒」
「くちに出したらかなわなくなっちゃうかもしれないもん」
 ともったいぶる。
 たんざくに書いて、誰でも見ることの出来る笹の葉につるした時点で、内緒もなにもなくなっていると思うんだけど。
「でも、もう少ししたら教えてあげられるかもよ」
「みんなだってきっと喜ぶんだから――」
 と、そう言っているうちに、ふたごの表情が驚きのものにかわる。その表情はみるみるほころんでいき……。そしていつのまにか僕たちのまわりにふわふわ漂いだした、いくつもの淡い雪のような小さな光のなかで満面の笑顔になって言う。
「ほらほら、これだよ!」
「わたしたち、これが見たかったの!」
 これ、一ノ森の祝福(いちのもりのしゅくふく)≠チて呼ばれてる。僕たちがいま歩いているこの森で、運がよければ会えるって言われている摩訶不思議な光たち。僕も見るのは初めて。ぽおっとした光がいくつもいくつも浮かんでる。手に触れようとすると、すうっと流れてしまうけど、なんだかあたたかくて、やわらかいって気がする。
「へえ、これがそうなんだ」
「きれいだね」
 てのひらでかこってみたりと、柊と鈴子さんもはしゃいでいる。
 光は、なにをするでもなく、ただ浮かんで、ぼくたちの歩みにあわせて、漂っていく。
 ふわり、ふわふわ。
 ゆらり、ゆらゆら。
 笹の葉が海に着く前にかなっちゃったな、ふたごのお願い。
「さ、あとは、鈴子だけだね」
 柊が、願い事の話を始めた張本人なのに、あとは聞き役に徹してしまっていた鈴子さんに話をもどす。鈴子さん、立ち止まって腕を組み、空をながめてうーんと唸り、そしてごまかし笑い。
「えーと、わたしも内緒〜」
 すかさず柊が抗議の声をあげる。鈴子が言い出したんじゃないのぉ、と少しあきれぎみ。
「でもね、だってね、梅ちゃんと雪ちゃんのお願い、かなったでしょ? だからわたしもかなったらいいなあって思うのよ」
「ずるい。わたしなんてひのきにばらされてもうかなわないっていうのに」
 べつに本気で願っていたわけでもないくせにそう言って、柊はわざとらしく僕をにらむ。それ、お互い様だってば。でも、ばらすとかばらさないとか、なんだか七夕のたんざくから少しずれている気がする。
「あ、でも小梅、鈴ちんのお願い、わかる気がするな」
「雪も。言わないけど、ひのきちゃんがなになに、ってやつでしょ?」
 ひらひらと祝福≠ニたわむれていたふたごがふりむいて言う。けど、すぐに柊が、ああ、ちがうよ、それちがう、って軽く手をふる。
「ひのきに、おねえちゃん、って呼んで欲しいってやつでしょ? それ、ちがうよ。ね、鈴子」
「うん、ちがうんだな」
「ほらね。あれって鈴子の一番目のお願いだからさ」
 ああ、そっか、ってふたごは納得してる。
 鈴子さんも、うんうんってうなづいている。
 どういうことかというと、鈴子さんは実は僕の従姉。でも、同じ歳の同級生。誕生日も鈴子さんがたった三日ほどはやいだけ。
 だから、おねえちゃん、なんて呼ぶのはおかしいと思うのだけど、まだ身長もたいしてかわりのない幼いころ、鈴子さんのその落ち着いたマイペースぶりにかんちがいして、てっきり年上だと思い込み、まのぬけたことに同じ学園に入学するまで(中学まで学校はべつだった)、彼女のことを、鈴子ねえちゃん、って呼んでしまっていたのだ。
 同じ歳の女の子を、おねえちゃん、なんて呼んでしまっていたのは、赤面ものの失態。
 とはいっても、いまさらどう呼んでいいかわからない。呼び捨てっていうのもなんだし、なにより、僕のなかでは、彼女は、おねえちゃん、として定着してしまってる。
 けっきょく、ずいぶんと考えたすえに、鈴子さん、って呼ぶことにしたんだけど、鈴子さんとしてはそれを、他人行儀、と感じるらしく、お気に召さない。それで、学園入学してからこのかた、誕生日のお祝いに、クリスマスのプレゼントに、とことあるごとに呼び方をかえるよう要求してくるのだ。
 たんざくの願い事ってなれば、またそのことを言われるのかなって思ったけど、でも、今回はちがうらしい。
「それじゃ、鈴ちんのお願いってなんなの?」
「うー、だからね、内緒なの」
「あ、そかそか。もうしわけない」
「いえいえ〜」
 そんなこんな、ぺちゃくちゃ話しながら、僕たちは笹の葉を追って歩いていく。


 海に近づくにつれ少しずつ川幅は広くなっていく。
 やがて森を抜けるころには、祝福≠フ光たちもいつのまにか消え、かわりに満天の星空が僕たちの頭上に広がった。
 対岸の鈴子さんたちの姿は、星明りでシルエットが見える程度。でも懐中電灯の光が四つ。ときどき、意味不明の光跡をこっちに送ってくる。きっとふたごだ。僕も負けじとまったく意味のない意味ありげな光跡をあちらに送る。
 下草を踏む僕と大介の足音のまにまに、かすかに潮騒が聞こえてくる。よせてはかえす波の音。川の流れのさきにひろがるぽっかりと黒い空間。あれがきっと海だ。なんだか吸い込まれていきそうに深い。
「おーい」
 僕たちを呼ぶ声が聞こえた。僕は懐中電灯をまわして呼びかけに応える。
「かささぎ橋で、合流ねー」
 もういちど、懐中電灯をまわして、了解の意を伝える。
「かささぎ橋?」
 大介が首をかしげる。
「このさきにある橋のことだよな。そんな名前だったか?」
「七夕だからじゃない? きっと鈴子さんあたりが命名したんだよ」
 それからしばらくして、僕たちはかささぎ橋≠ナ無事合流を果たすと、笹の葉にいったん別れを告げ、河口(というほど大きくもない)にむかうためのまわり道をいそぐ。
 少し息が切れるくらいの早足で歩くと、すぐに海。黒い、夜の海だけど、これだけの人数でいるとちっとも怖くない。
「どうやって拾うの?」
 ここの海にくるのは初めてという柊が訊いてくる。
「うん、それほど広くも深くもないから、少しだけ海に入って、あとは網でひっかけるんだ」
 そうは言っても夜の海だし、小さな河口といってもまんなかあたりはいくらか深い。だから、僕たちは服の裾をまくり、膝下あたりまでの水辺にとどまって、笹の葉を待つ。
「あ、きたきた! あれだよね」
 小梅の声に、一斉に懐中電灯の明りが水面を照らす。
 赤、みずいろ、黄色、オレンジ、緑、エトセトラ。色とりどりのたんざくが明りのなかにゆれる。
「大介、まかせた」
「よしっ」
 腕まくりし、足場をたしかめながら大介が身を乗り出す。
「ここらへん、海に入ったところで、すくうのよ」
「わかった」
 柊のアドバイスに大介はうなづき、少しタイミングをずらして笹の葉を流してから……見事に網の目をひっかけた。
「いいね!」
「やった、大成功ぉ!」
「ちゃーんと、海に辿り着いたね」
 見事、目的地までの航海を終えた笹の葉をかこみ、水のなかでばしゃばしゃと跳ねながら僕たちは喜びあう。
 と――。
「きゃっ!」
 という小さな悲鳴とともに、鈴子さんが足を滑らせた。
「あっ、ちょっと!」
 鈴子さんに服を掴まれた柊までもバランスを崩す。
「えっ!」
 そして柊の身体が小梅の身体に重なり――。
「わわっ!」
 将棋倒しのように小雪を押し――。
「あぶなっ!」
 僕は小雪を支えようとするが、支えきれず大介に倒れこみ――。
「うおっ!」
 両手に網と笹の葉を持っていたため、さすがの大介も耐え切れず――。
 僕たち六人は、ばっしゃーん、というにぎやかな水音をたてて、夜の海辺にすっころんでしまったのだった……。
 しばらくみんな、唖然、呆然。
 やがて柊が、鈴子さんに恨みがましい目を向ける。
「鈴子ぉ」
「ふぇ〜、ごめんなさいー」
「あはははは、びしょびしょだぁ」
「今年初めての海水浴になっちゃったね」
「あうー、梅ちゃん、雪ちゃん、ごめんー。大介くん、大丈夫?」
 大介は軽く片手をあげて笑ってみせる。
「ごめんねー。えーと、ひのきちゃん……怒ってない?」
「……もう慣れてますから」
 怒るというより、あきらめの境地なのだ。それこそ生まれたときからずーっと鈴子さんのこういう失敗にはつきあってきてるわけだし。ま、櫻荘からずっと歩いてきて火照った身体に、冷たい水は少し気持ちがいいし。
「ううっ。あいかわらず、ご迷惑おかけしていますぅ……」
 鈴子さんは、情けなさそうにしゅんとしてしまう。そうなると彼女に悪気はないだけにちょっとかわいそうになってきたりもするんだけど……と、そんなことを思っていると、鈴子さんが突然、あっ! と叫んで両手を組み、何事かをぶつぶつとつぶやきはじめる。
「な、なに?」
 僕たちはびっくりして鈴子さんに顔を向けるのだけど、その瞬間、視界のすみの夜空、あざやかに流れている天の川を、すうっと小さな光が横切るのが見えた。
「あ、流れ星!」
 ぱっと反応したのはふたご。すぐに手を組み何事かをつぶやこうとするが、まにあわない。
「あーあ、消えちゃった……」
「お願い、間に合わなかったぁ……」
 一方、鈴子さんは、ぽーっとほうけたような顔から、じょじょにくちもとがゆるんで、おさえきれない笑顔って感じに。やったやった! なんて手を叩いて喜んだりしてる。
「鈴子……あんた人のことずぶ濡れにしておいて、自分だけお星様にお祈りとはなかなかいい度胸よね?」
 柊が怒りマークつきの笑顔で鈴子さんにつめよる。
「あ、あうっ。ご、ごめんなさいー。で、でも、わたしのお願いだったんだものぉ」
「お願い? もしかしてたんざく?」
 僕が訊ねると、ほんとに心から幸せそうにうなづく鈴子さん。
「そうなの。流れ星が見れますようにって。それでね、流れ星には、一番目のお願いがかないますようにって。考えたんだよ、わたし。ほら、二番目のお願いを書くことになったでしょ? だから二番目のお願いとして一番目のお願いがかなうようにって書こうかなって思ったんだけど、それって少しズルだと思うの。だからね、わたし流れ星ってまだ見たことなかったから見たかったし、それなら流れ星見て、そして流れ星にお願いするなら一石二鳥だなって、それならズルくないなって考えたの」
 まるで小学生がおかあさんに百点のテストをほこらしげにみせるように、そしてほめてほめてっておねだりするように、鈴子さんは話す。実に嬉しそうだ。思わず頭でもなでてあげたくなるけど、でも……。
「……それで一番目の願いって?」
「もちろん、ひのきちゃんがわたしのこと、おねえちゃんって呼んでくれることだよ」
 やっぱりか。
「ひのき、もう降参して、呼んであげれば?」
「そうだよ、鈴ちんのたったひとつのお願いじゃない」
「減るもんじゃないんだから」
 柊やふたごがくちぐちに無責任なことを言う。
「……だって、俺がそんな呼びかたしたら、ぜったい笑うだろ?」
「それはもちろん!」
 三人は示し合わせたわけでもないだろうに声を揃えて言うと、楽しそうに笑う。つられて鈴子さんまで笑ってるし、大介まで肩ふるわせてるし。まったく失礼なやつら。
 それから僕たちは、砂浜で流木を集めて火を炊いた。服を乾かすためと、それからたんざくのついた笹の葉を空に送るため。笹の葉はパチパチと火をはぜて燃え、その音がまるで星の瞬く音のようだ、なんて乙女な台詞をぽろっとくちにしてしまったのは意外にも柊だったりして、それを聞いて僕たちはまたまた大笑いをして、門限ぎりぎりに櫻荘にかけこんで、そして、七月七日のたんざくをながしてみようの会≠ヘ終了したのだった。


(たんざくをながしてみよう・終)


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