四の森学園物語


(※) 物語クラブへようこそ



 さて新学期。
 そうそうに僕を悩ませるのは太陽と月の輝く誓いだった。
「スエア?」
「そうよ。クラブのうりにするの。生徒会以下クラブ代表委員会の連中の度肝を抜くには一にも二にもインパクトが必要でしょ」
「度肝ってほどのインパクトがあるかどうかはともかく、俺はいやだよ。そんな、こっぱずかしい」
 スエアっていうのは、『赤毛のアン』に出てくる友情の誓いのこと。
 アンとダイアナが出会ったときに交わした終生の友情の誓いで、水の流れをはさんで「わたくしは太陽と月の輝くかぎり、親友〜へ忠実であることをおごそかに宣誓します」って誓句を交し合う。
 柊はこれを物語クラブのうりにしようっていうのだけど、それはちょっと……って思う。いい歳した男子学生がどんな顔してそんなことすればいいんだ。
「第一、そんなカルトじみた誓いが入部条件なんて言ったら、新入生、不気味がって近づかないよ。スエアには呪いって意味もあるんでしょ? ダイアナだって、はじめは気味悪がってたじゃない」
「だから、入部条件ってそんなかたくるしいもんじゃなくて軽い気持ちでいいのよ。初対面の挨拶って程度ね。雰囲気づくりって考えてくれていいわ。アンからの引用なら物語クラブって名前にもあうでしょ。それから、スエアって言葉だけど、スエアって聞いてイコール呪いに繋がるひとなんていないわよ。いるとしたら、過去にアンを読んでるひとよ。でもその場合は、アンとダイアナが交わした友情の誓いって知ってるわけだから問題ないでしょう?」
「でもさぁ」
「なによ。文句あるならひのき、あんたがいい案を考えなさいよね」
 ぐずる僕をにらみつけ、ばっさりと切りつけてくる柊。
 う〜ん。でも……。
「いい案って、言われても……」
 とくにいい案≠ネんて必要ないんじゃないかって思っている僕は途方にくれてしまう。
「ひのきちゃん。わたしはスエア、かわいいと思うよ」
 僕がくちごもると、それまで僕と柊の応酬にあわせて顔を右に左にと向けて話のなりゆきを見守っていた鈴子さんが、そののん気なくちをひらく。
 それはさ、メルヘン好きの鈴子さんは一も二もなく賛成だろうけど。だいいち、僕にとってはそのかわいい≠チていうのが問題なの、鈴子さんぜんぜんわかってないと思う。
 小梅と小雪のふたごも、
「うん。キラキラって感じだよ」
「新入生と同じー」
 と、キラキラしているからなんなのかはよくわからないけど、柊のスエア導入案には賛成らしい。
「どう? ひのき」
 三人の同意によって圧倒的多数の票を得た柊は腰に手をあててみせ、勝ち誇った笑みを浮かべる。
「どう? って言われても」
 そんなの無理。恥ずかしすぎるってば、太陽と月の輝く誓いなんて。


 ここは櫻荘の自由室。
 ぽかぽかと春の日差しやわらかい窓辺の席をかこんで僕たちが相談しているのは、三日後に控えた新入生クラブ勧誘会のこと。
 僕たちは、物語クラブ≠ニいう、いまのところ僕たち五人だけで部員全部っていう小さなクラブに入っているのだ。
 クラブの活動目的は物語を楽しむこと≠チていうもの。
 読んで楽しむこと、観て楽しむこと、書いて楽しむこと、描いて楽しむこと、話して楽しむこと、歌って楽しむこと、演じて楽しむこと、つまり物語を楽しむこと¢S般。
 たとえば自分で創作して楽しむなら、小説を書いてもいいし、マンガを描いてもいいし、歌をつくってもいいし、詩を吟じてもいいし、演劇を上演してもいい、といったぐあい。
 もっともいまのところ、創作に関しては、書く人しかいないのだけれども。
 だから、三日後の新入生クラブ勧誘会で、いろんな人が入ってくればいいな、と考えて僕たちは計画を練っているわけなのだ。
 わけなのだが、しかし――。
 それはそれとして、僕たち物語クラブには、まだ見ぬ未来の仲間たちに思いをはせる前に、まずクリアすべき重大な問題があったりする。
 今回のミーティングは、むしろそっちの問題がメインと言っていい。
 なにをかくそう僕たちの物語クラブ、実はまだ学園の公認クラブにはなっていなかったりするのだった。
 それというのも、もともとこの物語クラブは、去年僕たちが一年生だったころに秋の学園祭に有志参加するためにたちあげた集まりで、その学園祭参加がとても楽しかったものだからクラブ活動にしようよって話になった新規設立希望クラブ。
 この新規設立希望クラブが晴れて学園公認のクラブになれる機会は、四月に開かれる新年度の第一回クラブ代表委員会のときのみなので、つまり秋に発足したばかりのわが物語クラブにとってはいままで設立申請を出す機会がなかった、というわけなのだった。ようするに、僕たちにとっては、この四月がはじめてのクラブ昇格への機会。
 そういう次第なので、僕たちは三日後のクラブ員勧誘会の具体的な計画よりもさきに、この設立に関してのことを話し合っていたのだった。
 ちなみに、学園公認のクラブになることのメリットはというと、それはスズメのナミダほどとはいえ部費がもらえるようになるということと、そして活動のための部室が用意してもらえるということ。
 注目すべきは、この部室ってとこ。
 やっぱりクラブ活動にとって、とくに文化系のクラブにとっては、部室の存在って大きい。
 いま現在は全クラブ員が櫻荘の住人なのを幸いに男子舎と女子舎のまんなか、食堂や図書室などの共有スペースのひとつである自由室を活動の場所としているのだけど、当然のことながらほかの舎生たちも自由に出入りする。
 だから、
「よ、ひのき、柊、秋桜の連中とは仲悪くやってるか」
 なんて真剣な話し合いをしているのによけいな軽口でちゃちゃ入れてくるみっちゃん先輩みたいなヤカラもいるわけだし、それに小説や作家の名前など趣味の単語を並べ立てて話すのに、こういう公共の場というのはなんだかきまりが悪い。
 クラブに昇格して、せめて放課後の教室でもいいからクラブ員だけで使えるスペースが確保できればとっても助かると思うのだ。


「もう。いま大事な話しているんですから、あっち行ってください」
 柊は、秋桜の連中を球技大会で出し抜く百の方法を思いついた聞いてくれ、なんて言っているいちおうは僕たちの先輩であるはずのみっちゃん先輩を、しっしっと邪険に追い払い(うっ、傷ついた……なんて胸をかきむしる大げさなそぶりを演じながらもさっそく次のテーブルにとりついていったから気にすることもないけど)、話をもどす。
「と、いうわけで、設立願書に関してはそんな感じね。あとは当日のスケジュールだけど――」
「ちょ、ちょっと待った」
 柊がさっさと次の話題に移ろうとするので、あわてて僕はさえぎった。
「なによ」
「スエアの話、まだ納得してないんだけど」
「しつこいなぁ。だったら代案を出しなさいってさっきも言ったでしょ?」
 柊は腕をくんで、いかにもうんざりしたってようすに顔をしかめる。
「う。それは思いつかないんだけど……」
 だからいまいち強気に出れないんだけど、でも。
「でも、いまは男、俺だけだけど、これから新入生勧誘したら男の子だって入ってくるかもしれないんだよ? その子たちだって絶対嫌がるってば」
 正直なところ、この程度じゃ柊はひかないよな、って思いつつとにかくくちにするけど、案の定、柊もそれくらいのことは考えていたみたいだった。
 柊は、それはたしかにあるかもしれないけどね、と認めたあと、一度息を吸って、しゃべりだす。
「あのね。これ言っちゃうと、本末転倒を自ら認めるみたいでイヤなんだけど正直に言うわ。ともかく物語クラブを公認のクラブに昇格させるのを第一に考えている私としては、このさい、新入生に関しては男だろうが女だろうが、入部希望者がいようがいまいが、その点に関してはあまり興味がないの。設立願書出すための規定人数の五人は、すでにここにそろってるわけだからね。それよりも、クラブ代表委員会なのよ。ゆりさんから聞いたところによると、今年は二〇近くの新規クラブ設立希望が出ているらしいわ。二〇っていったら、すでに学園に公認されているクラブ数の二分の一にあたる数よ? 設立希望のクラブをすべて通したら総数六〇以上になってしまう。これじゃあまるで大学のサークル。でも部費にも部室にも限りがあるわけじゃない? だから当然、落選するクラブが出てくるわ。まず確実に半分以上は落とされると思う。わたしの読みだと、当選できるのはおそらく例年よりも希望クラブ数が多いことを考慮しても、せいぜい四、五団体じゃないかしら。つまりわたしたちはクラブ昇格をめざして二〇分の四ないしは五のきびしい戦いに望まなければならないわけ。その場合に一番大切なのはなにかわかる? アピールよ! いかに生徒会役員やクラブ代表委員たちの印象に残るか、なの。まともな設立理由なんて誰もが書くわ。みんなクラブに昇格したいわけだから、そりゃあ熱心に自分たちのこと書くわよ。でもそんなことだけじゃダメ。まず目立つ、それから熱意よ。まず食え、それから道徳≠チてブレヒトも書いてるでしょ? ほかのクラブを食うところから始めなければならないの。その点、スエアっていうのはいいと思うのよね。ひのきが言うように、少しカルトじみてるってところがあるかもしれないけど、そこは逆に目を引いていいと思うわ。そのうえ『赤毛のアン』っていう誰もが知ってる名作をひっぱりだせるから、イロモノにもなりすぎない。ばっちりじゃない」
 柊はそこまで一気に話しきると、テーブルのうえから紙コップをとりあげ、中身の琥珀色の液体――中身は彼女の好きなダージリン――をくーっと一息に飲み干す。
 それから、さあどう? まだなにかある? と僕に目を向けるので、僕も手元の紙コップをとりあげてくちもとに運び、とりあえず間をおいて反論の材料を探してみる。
 スエア自体は、柊の言うとおり、たしかに妙案なのかもしれない。印象には残るけど、おふざけすぎているわけでもないし、名作をひっぱりだせれば、物語をあつかうクラブだけに、たしかに説得力がつく。
 かといって鈴子さんやふたごを前にして「太陽と月の輝くかぎり〜」なんて、とてもじゃないけど恥ずかしくてできない。絶対。無理。
 でも、無理、無理、って連呼しているだけじゃあ、もちろん、柊どころか、スエアににこにこ乗り気の鈴子さんさえ説得できない……う〜。
 と、僕がうなっていると小梅が、あっでも、と顔をあげる。
「でもさ、毬ちん。二〇分の四とか五とか言うけど、規定人数足りなくてクラブ委員会までこれないクラブだってあるかもしれないんだよね?」
 ナイスだ、小梅!
 僕のフォローをするつもりで言ったのではないんだろうけど、それは有力な反撃材料になる。
 ところが柊。
 小梅の発言を得て、勢いづこうとした僕の顔色の変化を見てとったのか、小梅にダメダメと手をふったあと、こちらに向かってふふんと余裕の笑みを浮かべ、
「あまいわね。わたしたちに簡単にクリアできたことは、ほかの団体にもできるって思わなくちゃダメよ。規定人数なんて、どこのクラブにも入ってない友達をつかまえて名前だけ借りちゃえば簡単にクリアなんだからね。どの新規クラブも勧誘会前に規定人数は集め終わってるって考えたほうがいいわ」
 と灯りかけた希望の光を一息のもとに吹き消してくれる。
 むしろ、そこまで実際的な読みを働かせてくれていることをありがたいと思わなければならないのだろうけど、でも、この状況ではどうも素直に感謝の気持ちをもつことができない。
「あのさ。休み前にも一度言ったことだけど……」
 仕方なく、僕は以前すでに却下されたことのある意見でもう一度悪あがきしてみることにした。それだけじゃ足りないって、すでにあしらわれているんだけど……。
「ようするに委員会の印象に残ればいいんでしょう? だったら学祭のときの小冊子の件で充分じゃない。あれ、いちおう実績にもなるわけだから、選考に充分有利に働くと思うよ? スエアなんてとくに必要ないよ」
 小冊子の件というのはこういうこと。
 去年、学園祭に物語クラブとして有志参加したときに、僕たちはオリジナル創作の物語短編を集めた小冊子をつくった。
 鈴子さんは大正時代の女学校を舞台にした少女文学――というよりは童話、小梅は江戸の長屋に住む気のいい剣客の人情もの、小雪も同じく江戸が舞台だけどお家騒動にからんで活躍する城中お庭番の忍者活劇、柊は十九世紀ロンドンと現代の東京を結んだホラー色の強いミステリー、体育会系の部活に所属しているくせに実はインテリの大介は(陸上部のヤキソバ屋台とかけもちだった)、ここ数年間の芥川賞受賞作における物語傾向の分析、とやら。僕も柊と同じくミステリーなんだけど、とくに舞台装置にひねりはなく、学園が舞台の犯人探し。
 ともかくそんな感じ、いかにも素人が編集しましたって感じの作品の傾向にまったく統一性のない雑多な冊子だったんだけど、これがまさかまさかの展開をみせて、美浜町に編集部をかまえる地方雑誌に掲載されることになってしまった。
 といっても、その地方雑誌の編集後記の横の片面ページに、冊子紹介&僕たちの投稿したそれぞれの物語短編の冒頭部分と、僕たちの冊子をいたくかってくれた編集さんの寸評が載った、といった程度のものだったのだけど、ずぶの素人がほんの思いつきでつくった小冊子のてんまつとしては、充分すぎるほどの快挙だった。
 まあ、快挙、とはいっても、それこそ地方雑誌だったからこそのもので、とくに声を大にしてほこれるほどのものではないのだけど、これから公認クラブをめざすほんの小さな集まりにしては、身にあまるほどの実績と言えると思う。
 僕がスエア、というか柊の言ういい案≠ニいうものにいまいち真剣にとりくめないのはその小冊子の実績だけで充分に委員たちの印象に残ることができるのではないか、と思っているからだった。
 しかしながら柊は言うのだ。
「その件はもちろん最大限に利用するわよ。過去の実績は選考の役に立つからって、生徒会のほうも願書に書くよう推奨しているわけだしね。でもそれを踏まえたうえで、さらにだめ押しをしておきたいの、わたしは。だいたいさ……」
柊はそこで一度言葉を切り、僕をジロリとにらみつける。さらに形の良い眉がみるみるつりあがっていく。
 あ、柊の怒りゲージ急速上昇。
 ということは――。
 柊はいきなりバシンとテーブルをひっぱたき(僕たちは、くるぞくるぞ、と身構えていたので驚かなかったけど)、続ける。
「ほんっとーに、わかってんの、ひのき! あんたたちも! わたしたちは物語クラブを、言ってみれば表舞台に出そうとしているのよ? そんなときにあの女が黙っていると思う? まずまちがいなく妨害工作に出てくるわよっ! それもどうどうと卑怯な手段を使ってねっ! ま、陰でこそこそ陰謀をめぐらしたりしないところは評価しないでもないけど、けっきょくわたしたちにとってあの女がガンだってことには変わりないわ! これでもしクラブに昇格しそこねてなんてみなさい。ツチノコ探検隊やら、コンビニジュース飲みくらべ同好会なんてところが受かってわたしたちが落ちてごらんなさい、あの女にどれだけバカにされることか! きっと取り巻き連中を引き連れてわたしたちのクラスまでわざわざやってくるわよ。それで、あら残念ですわね、でもしょせんこれがあなたたちの実力相応ってことですわ、おーっほっほっほっ、なんて高笑いしやがるのよ。あー腹が立つ。あの女のこと考えると、それだけで脳味噌の血管がぶちきれそうになるわっ!」
 柊はそうまくしたてると紙コップに手を伸ばすが、中身はさきほどすべて飲み干してしまったことにすぐに気がつき、ぐしゃっと握りつぶす。
 ちょうど通りかかった初々しい顔した一年生らしき男の子が、びくっとふりかえってる。
 こら。
 部長みずから新入生おどしてどうする。
 もしかしたらクラブに入ってくれる人材かもしれないっていうのに……。
 いまだ興奮おさまらない柊にかわって、一年生には僕たちが愛想笑い。
 ほんと、やれやれって感じだけど、この、普段クールな皮肉屋を気取っている柊の突然の怒りMAXモード状態への豹変、これは柊いわくあの女≠ェ話題にからんだときには毎度のことだったりする。
 あの女――別名は宇佐美麗美という。
 もちろん別名のほうが本名なのだけど、柊が、あの女、あの女、と連呼するものだから、あの女≠ェ通称になってしまっている。あるいはウサミ。ふたごはウサギちん、と呼ぶ。
 このウサミと僕たちの確執……というかウサミと柊の因縁は、短く深い。
 一目合ったその日に、お互いの小指に運命の糸のさきを発見してしまったかのように、とーっても深い。
 ただし、その運命の糸の色は、決して赤ではないのだけれども。おそらく、言葉では言い表せないほどのとっても不吉な色をしているにちがいない。
 そもそものはじまりは、やっぱり学園祭の小冊子だった。
 僕たちの小冊子が雑誌に載ったという話はくちこみで学園に広まり、ありがたいことに要望を受けて二度ほど再販までしたのだけど、それが当然といえば当然のことに、すでに立派にクラブとして公認されて活動している四の森学園文芸部の耳にも入ることとなった。
 この文芸部で当時一年生ながらもなぜかすでに部長におさまっていたのが、二年生現在も部長をつづけて務めている宇佐美麗美。
 ウサミは文芸部の冊子ではなく僕たちの小冊子が雑誌にとりあげられことがたいそう悔しかったらしく、その当時同じクラスだった(ちなみに今年も同じクラス。べつに偶然ってわけじゃなくて、申告制があるから)僕たち六人を取り巻き引き連れて教室まで訪ねてくると、――髪をうるさげに払い顎をつんとあげ、それから腰に手をあてる、というパフォーマンス付きで――言った。
 たかが昨日今日できたばかりの素人集団がわが伝統ある文芸部をさしおいてよくもやってくれたわね。この屈辱、晴らさずにはおかなくてよ。
 そして、僕たちの小冊子を、廊下にポイっ。
 僕、鈴子さん、ふたご、大介の五人は、あっけにとられ、ポカンとくちをあけてながめているだけだったのだけど、たったひとり反応したのが柊だった。
 柊は廊下に投げ出された小冊子を拾いあげ、ほこりを払うとウサミたちをじろっとねめつけ、言った。
 文芸部の冊子、わたし読んだわ。あんたたちのご大層な伝統とやらにお似合いの分厚い、学生にはまるで不似合いな豪奢な装丁の冊子だったわよね。わたしたちのこーんなチンケなコピー誌なんてまるで問題にならないくらいご立派な本。でもね、けっきょくのところ選ばれたのはこのチンケなぺらぺら本だったわけ。わかる? つまりあんたたちの冊子なんて豪奢なら豪奢なぶんだけ紙資源のムダ使いだったってわけよ。豪華な本を作れば、そりゃあ、あんたたちの虚栄心は満足するかもしれないけどね、でもそんなことで限りある地球の資源をムダにするのはやめて欲しいって思うわ。まったく。あ、そうそう宇佐美ってあんたよね? あんたの詩ね、ポエムって言ったほうがいいのかしら? あれも読ませてもらったけど、ノヴァーリスの『青い花』を思い出したわ。言葉の奇抜な跳躍をねらうのは手品師のやることで詩人のなすべきことではない≠チてやつ。読んだこと、ある?
 あ、あ、あなたっ! こ、このわたしを宇佐美デパートグループの会長孫娘にして、文芸部部長、さらに秋桜荘舎長と生徒会長の座をもじきに手に入れる、宇佐美麗美さまと知っての暴言なの? なんて、なんてことなのっ! わたしには信じられないわっ! いい? 憶えておきなさいよ、必ず、必ず! あなたを私の足元にひれ伏せさせてみせるわっ! 憶えておきなさいよっ!
 もう忘れた。
 きーっ!
 ……いま思えば、ひとのつくった小冊子を投げ捨てるのはひどいけど、柊もかなり言い過ぎている気はする。柊のほうが三倍も四倍も辛辣なこと言ってるし。
 でもともかく、これが、それからのち、幾度となく仁義なき戦いを繰り広げることになる仇敵同士の出会いだった。
 人、それを一年桃組門外の変≠ニ呼ぶ。
 以来の半年間、それはそれはいろいろな〜の乱≠竍〜の事変≠ェあった。
 たとえば先学期の生徒会役員選挙。
 現会長のゆりさん――門倉ゆり先輩の応援演説を担当した柊と、一年生ながら文芸部をその手中におさめ、さらに会長をも手に入れんと立候補したウサミとの、熾烈かつあさましいかぎりだった舌戦は、関係者のあいだでは四の森学園二・二六事件≠ニ呼ばれ、なまなましくも記憶に新しい。
 とまあ、そういったぐあいで、物語クラブ部長の柊と、文芸部部長のウサミはすこぶる仲が悪い(そのあおりをくって騒動のことごとくにまきこまれている僕や鈴子さん、ふたごはいい迷惑……)。
 けっきょくのところ、スエアだのなんだのと柊がやたらと物語クラブの設立に燃えているのは、必ず(いままでの行きがかり上、断言していいと思う)妨害工作に出てくるだろう、ウサミへの対抗心からなのだった。
 もちろん、物語クラブを公認のクラブに昇格させて部室をもらいたいっていう気持ちは僕もあるんだけど……でもつまるところ、スエアなんていうこっぱずかしいことをやらなければならなくなるかもしれない僕は、またもやふたりの意地のはりあいのあおりを食っているようなものなのだった。
「とにかく、わたしは万が一にも落選して、あの女に高笑いされるのは死んでもイヤ! なの。だから、どんなにひのきがごねたって、スエア以上の名案が出ないかぎり、ひかないわよ」
 僕は絶望的になってガクッと肩を落とす。
 ダメだ……。
 柊があの女≠フことでエキサイトしだしたら、もう誰にも止められない……。
 いや、ひとりいることはいる。鈴子さん。こんなときに場の空気も読まずに柊にどうどうと意見できるのは鈴子さんしかない。しかしその頼みの綱は、スエアに思いっきり賛成していて、柊のエキサイトなんてどこ吹く風、となりに座っている小雪を相手に、スエアのセリフ、太陽と月のほかに、星もいれたら もっとかわいくなるんじゃないかな、なんてのー天気に話してる。
 うー。
 鈴子さんのおねえちゃん@v求といい、どうしてこういう赤面ものの事態ばかりが降りかかってくるんだろう……。
 星のめぐりが悪いのか、それともバイオリズムが低調? もしかして厄年だっけ? いや厄年はまだまだずっと先の話じゃなかっただろうか……。
 と、よほど僕が落ち込んでいるように見えたのだろうか、柊が深いため息をつく。
「まったく。ほんっとに往生際の悪いやつ。……わかったわよ。あんたひとりなら免除してあげてもいいわ。いまさら仲間割れしているときじゃないし」
「え? ほんとに?」
 天の助け、とばかりに(地獄に落とした本人でもあるが)僕は勢い込んで訊く。
「たーだーし、条件つきね。わたしね、規定最小人数の五人はちゃんとスエアをやりたいの。特例を認めておいて言うのもなんだけど、スエアをクラブ委員会を通すためだけのアピールにするのは、卑怯な気がしてイヤなのよ。だから、最低一人でも新入部員が入ったら、あんたのスエアは免除してあげる。つまりひのきをのぞいても五人以上になったらってことね。そのかわり、もし新入部員がひとりもいなくてわたしたちだけなんてことになったら、あんたもスエアをする。そのときになったらもう文句は言わない。これでいい?」
「わかった。それでいい。約束する」
 僕は柊の気が変わらないうちにと即座にうなづいた。新入部員一人くらいなら、いくらウサミの妨害があってもそれほど難しいことじゃないと思う。
「やれやれよ。それじゃ、つづけて当日の担当時間の割りふり、やっちゃうわよ」
 思わず安堵の笑みをこぼす僕におおげさに肩をすくめてみせ、柊は議題を次へとすすめる。
「え〜? ひのきちゃんも一緒にスエアやろうよぉ〜」
 と今度は鈴子さんが不満の声をあげるけど、それはもちろん無視。無視。
 なんにせよ、助かった……と思う。
 たぶん。


(物語クラブへようこそ・つづく)


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